No17. 東武家町周辺

尾張名所図会索引
No1 桶狭間の戦い
No2 有松から宮宿へ
No3 宮宿
No4 熱田神宮
No5 熱田から古渡村
No6 橘町
No7 大須観音周辺
No8 大須門前町周辺
No9 白川公園周辺
No10 碁盤割1
No11 碁盤割2
No12 東照宮祭
No13 堀川1
No14 堀川2
No15 名古屋城
No16 東寺町
No17 東武家町
No18 建中寺・徳川園
No19 城下町周辺
No20 浄心・枇杷島
No21 美濃路清洲
No22 津島街道
No23 佐屋街道
No24 長久手古戦場

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江戸時代の東武家町
江戸時代の東武家町

名古屋城を徳川園にかけては、閑静な住宅街が広がっている。この地域は江戸時代には中級武士の屋敷が集積していた。明治時代に入ると名古屋財界の重鎮たちがこの地区に邸宅を構えるようになった。現在でもその多くが残されており、「文化のみち」と呼ばれ歴史建造物を見学する市民に親しまれている。

尾張名所図会デジタル着色

七尾天神出現の図
七尾天神出現の図
七尾天神社
七尾天神社

七尾天神社は、文亀年間(1501~4)に、天神池に七つの尾を持った霊亀(亀)が菅原道真の木像を背負って現れたことから始まります。天神像を背に、また、口に梅の小枝をくわえ、現地にあったほこらに入り天神像と梅の小枝を残しその際、霊亀は、樹の下の石の上に菅公像を置き、その石の周りを七度まわり姿を消しました。それを見ていた修行僧が、みずから七つの尾の霊亀を刻み、それを神座とし、菅原道真公像を草庵に安置しました。
(七尾天神 由緒)

山吹谷
山吹谷

山吹谷公園一帯は、江戸時代山吹の花の咲く景勝地であった。

長久寺
長久寺

徳川家康の四男の松平忠吉により清洲に建立されたが、清洲越し(1610)により名古屋へ移転された。

松山神社と養念寺
松山神社と養念寺
養念寺「烏が池」
養念寺「烏が池」

養念寺の裏庭にある「烏が池」は約三十坪ほどの大きさで、泥土が黒い為、水が黒く見えることから「烏が池」の名前がついたと言われいる。黒い池は珍しく風雅を誘ったのか、烏が池庭園は、江戸時代名園として知られ多くの文人墨客が訪れ、池を愛でた詩歌を詠んだと『尾張名所図会』にも記されている。
(養念寺ウエブサイト参照)

昭和初頭の地図

昭和初頭の地図
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現在の名古屋城内

  • 名古屋市市政資料館

    名古屋市市政資料館

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  • カトリック主税町教会

    カトリック主税町教会

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  • 料亭 香楽

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  • 撞木倶楽部

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  • 旧豊田佐吉邸門

    旧豊田佐吉邸門

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  • 料亭 か茂免

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  • 旧川上貞奴邸

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  • 高梨五左衛門跡

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  • 武家屋敷門(長屋門)

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