No.6- 美濃路(本町通)橘町

尾張名所図会索引
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No2 有松から宮宿へ
No3 宮宿
No4 熱田神宮
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No7 大須観音周辺
No8 大須門前町周辺
No9 白川公園周辺
No10 碁盤割1
No11 碁盤割2
No12 東照宮祭
No13 堀川1
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No15 名古屋城
No16 東寺町
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No19 城下町周辺
No20 浄心・枇杷島
No21 美濃路清洲
No22 津島街道
No23 佐屋街道
No24 長久手古戦場

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地図

江戸時代橘町周辺地図
江戸時代橘町周辺地図

大木戸をとおり、名古屋城下町南端の橘町へ入る。橘町から白川公園までの美濃路に沿って寺院配置された。徳川光友(尾張藩2代藩主)は、東別院(古渡城跡)や栄国寺(刑場跡)などを建立した、また芝居の興行権を認めて町の活性化につとめた。

東本願寺別院
東本願寺別院

東別院は1690年、尾張藩主徳川光友 より織田信長の父信秀の居城「古渡城」の跡地1万坪の寄進を受けて建てられた 真宗大谷派の寺院。明治初期には博覧 会が開かれたり、名古屋場内から愛知県庁が移転されたこともある

東本願寺別院右
東本願寺別院右
東本願寺別院中 Higashi Betsuin Temple
東本願寺別院中 Higashi Betsuin Temple
東本願寺別院左
東本願寺別院左
冨士見原
冨士見原

東別院の東北に小高い丘があり、そこから東を見ると猿投山の左越しに富士山を望むことができたので富士見原と呼ばれた。

東輪寺
東輪寺

延宝二年(1674)に尾張二代藩主徳川光友公によって、名古屋の裏鬼門を守護するため、高僧・即非如一禅師を勧請し創建された禅宗の一派黄檗宗の寺院。

西本願寺別院
西本願寺別院

浄土真宗本願寺派の寺院。東別院に対して西別院の名で呼ばれる事が多い。慶長14年(1609年)の「清須越し」で名古屋に移る。文化14年(1817)葛飾北斎が境内で120畳敷きの達磨の大画を描き注目を集めたことが有名。明治6年(1873年)、医学講習所が置かれた。

酔雪楼
酔雪楼

上前津交差点付近にあった料亭。富士見原の一部で遠くは富士山も望める景勝地として知られていた。 俳人や書家などの文人たちが、景観を楽しみながら酒を酌み交わす場所でもあった。

動画

【動画】尾張名所図会で歴史探訪No6-美濃路(本町通)橘町界隈

尾張名所図会原本

  • 東別院

    東別院

  • 東輪寺

    東輪寺

  • 冨士見原

    冨士見原

  • 西別院

    西別院

橘町界隈の本町通

  • 東別院山門

    東別院山門

  • 古渡城址碑

    古渡城址碑

  • 戦災で焼失前の本堂

    戦災で焼失前の本堂

  • 日露戦争凱旋歓迎会

    日露戦争凱旋歓迎会

  • 東別院広見彼岸のにぎわい

    東別院広見彼岸のにぎわい

  • 東輪寺本堂(現在)

    東輪寺本堂(現在)

  • キリシタン遺跡博物館(栄国寺)

    キリシタン遺跡博物館(栄国寺)

  • キリシタン墓地

    キリシタン墓地

  • 七面山(妙善寺)

    七面山(妙善寺)

  • 本町通(妙善寺前)

    本町通(妙善寺前)

  • 妙善寺付近の本町通(昭和初期)

    妙善寺付近の本町通(昭和初期)

  •  橘町界隈の本町通(昭和初期)

    橘町界隈の本町通(昭和初期)

  • 橘町界隈の本町通(昭和初期)

    橘町界隈の本町通(昭和初期)

  • 西本願寺(戦災で焼失前)

    西本願寺(戦災で焼失前)

  • 西本願寺(現在)

    西本願寺(現在)

  • 解説

    解説

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