矢場地蔵 - Network2010

沢井鈴一の「俗名でたどる名古屋の町」矢場地蔵から隠れ里

矢場地蔵

矢場地蔵とは俗名であって、正式には徳寿山清浄寺という。『尾張年中行事絵抄』は、俗名の由来について次のように記している。

ここを矢場と呼事は、世に名高き星野先生の通し矢を御覧のために、京の三十三間堂のさまをうつせし其堂形ありて、射芸手練の輩ここに集りて、通し矢の稽古有し所ゆへの名なり。

徳寿山清浄寺(江戸時代の名古屋城下図)徳寿山清浄寺(江戸時代の名古屋城下図)星野先生とは、京の三十三間堂の通し矢で今までのレコードを破って、八千筋からの矢を射通した星野勘左衛門のことである。京都の三十三間堂の長廊に模した矢場がこの地に建てられたのは、寛文八年(一六六八)のことだ。幾星霜を経て、文化四年(一八〇七)には長廊が破壊してしまった。長廊の跡地は、米野村の佐野治郎兵衛に百五十二両で払下げられることになる。
清浄寺の開山は昿誉即往上人だ。南寺町の尋盛寺の塔頭庚申院に、俗世を避けて住んでいた上人は、二代藩主光友の帰依をうけるようになる。命により元禄五年(一六九二)日置村に清浄軒と号す庵を建立した。元禄十年十月二十九日、光友は初めて清浄軒に参詣した。この時、光友は落髪一包と落歯三枚を清浄軒に修める。後に光友の愛妾松寿院も、その落髪を修めた。そのことがあって、代々の藩主と夫人の落髪は、清浄寺に修められるようになった。
元禄十三年九月二十三日、建立の資金二千五百両を給わり、この地に清浄軒改め知恩院の末寺となった清浄寺が落成した。

清浄寺山門とジャンボ地蔵(延命大地蔵菩薩)清浄寺山門とジャンボ地蔵(延命大地蔵菩薩)矢場地蔵と人々から信仰をうける地蔵尊は、もともとは立山の山深い岩窟の中に鎮座していた。立山に籠り修行をしていた行者が、霊夢によりこの像を見つけた。笈に地蔵尊を納め、諸国をめぐり歩いていた行者は、日置村にたどり着く。清浄軒に祀られた地蔵尊を土地の人々が参りにくる。地蔵尊の霊験はあらたかで、病気などはたちまち平癒した。
江戸時代、清浄寺では、七月に地蔵祭が盛大に行なわれた。笠鉾が飾られ、菓子店や水茶屋が出て、大変なにぎわいであった。

矢場地蔵の地は、尾張の守護斯波氏の一族、牧長清の居城、小林城のあった所だ。長清は、天文年間(一五三二~一五五五)に小林城を築城し、前津小林村四千石余を領治した。信長の妹、おとくは長清に嫁ぎ、小林殿と称せられた。長清は富士山に七度、登山することを発願したが、三度までは登山することができたが、一城の主として長い期間城を離れることもできず、後の四度は断念した。城近くに富士塚を七箇所築き、浅間神社を勧請し、七度禅定の結願にかえた。信仰心の篤い長清は、三輪神社、春日神社の再建を行なった。

清浄寺本堂清浄寺本堂境内にある六地蔵尊境内にある六地蔵尊時移り、廃城となった木々の生い茂る小林城の跡地に住んだのが、一代の剣豪柳生連也斉だ。
生涯独身を通した連也斉の亡き後、この地に建てられたのが清浄寺だ。
清浄寺は、江戸時代、三千四百五十坪の広大な敷地の中に建っていた。

沢井鈴一氏関連情報

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沢井 鈴一(さわい すずいち)
沢井鈴一1940年 愛知県春日井市生まれ。明治大学文学部卒業後、市邨学園高等学校で国語科を教え、2000年3月に定年退職。名古屋市中区、北区等の生涯学習センター講師を務めるかたわら、堀川文化探索隊代表として長年にわたり堀川文化の地を調査・探索し数多の企画展を実現。著書に『浮世絵は愉しい』『伝えたい-ときめきを共有する教育』『堀川端ものがたりの散歩みち』『花の名古屋の碁盤割』『名古屋本町通りものがたり』など多数。

Webサイト:開府400年・名古屋の歴史と文化