水天宮通り - Network2010

沢井鈴一の「俗名でたどる名古屋の町」豊竹小路から地獄谷

水天宮通り

雀荘と喫茶店に挟まれて清安寺の門が残っている雀荘と喫茶店に挟まれて清安寺の門が残っている北野天満宮の前の道を北に進んでゆくと行き止まりになる。行き止まりになった所に、古い門が残っている。清安寺の焼け残った門だ。門と呼ぶより、玄関という表現の方がふさわしいかも知れない。寺の門といういかめしい感じは、この門からうけない。民家の門が通りに面して建っている感じだ。今、寺はビルに変わり、周囲の状況は変わってしまった。しかし、戦火から焼け残ったこの小さな門からも、清安寺のかつての庶民的な雰囲気をうかがい知ることができる。

久野山清安寺と呼ぶより、この寺は大須の水天宮の名で通っていた。戦前の水天宮は、春には桜が境内いちめんに咲き乱れていた。花の下を丸髷に結った女性が、お札を受けにくる光景が境内のいたる所に見られた。水天宮は安産の神様である。

水天宮の祭神は、安徳天皇とその生母建礼門院、外祖母二位尼平時子である。
壇ノ浦の戦いで敗れた安徳天皇は、西海の荒波の中に藻屑と消えてしまう。建礼門院の女房、伊勢の局は、現在の久留米市に落ちのびてゆく。筑後川のほとりに小さな祠を建て、安徳天皇を祭ったのが、水天宮の起こりであるとされている。
いつしか人々から忘れ去られていた水天宮を再建したのは、久留米藩の藩主有馬忠頼だ。慶安年間(一六四八~一六五二)のことである。
東京日本橋にある水天宮は、文政元年(一八一八)有馬頼徳が三田の藩邸内に分社を設け、それが後に現在地に移されてきたものだ。
水天宮の名の通り、筑後川を水難、水害から護る水神として、この神社は久留米藩から厚い庇護を受けてきた。

尾張全図(江戸時代)の清安寺尾張全図(江戸時代)の清安寺いつしか江戸の水天宮は、水難、そして水は火を消すところから火を防ぐ神としても、人々から崇敬をうけるようになった。安産の神として知られるようになったのは、伊勢の局が祠を訪れた女性に、安産の加持祈祷を行なったところ霊験が著しかった伝説による。
明治天皇の御誕生にあたり、孝明天皇は久留米に勅使を遣わされて、加持祈祷を行なわれた。その縁により、明治元年には政府の御祈願所となる。

大須の水天宮は、天保九年(一八三八)に久留米の本社より、本殿を新築して分霊を勧請したものだ。
多くの参拝客を集め、大須の水天宮と親しまれていたにもかかわらず『名古屋市史 社寺編』は「現今の堂宇に、本堂、庫裏、門、鐘楼、鐘は寛文三年(一六六三)十月総見寺北禅の銘文あり。釈迦堂、水天宮等あり」と記しているにすぎない。

尾張名所図会に描かれているかつての清安寺尾張名所図会に描かれているかつての清安寺清安寺は、浄土宗京都知恩院の末寺だ。愛知郡南野村にあった阿弥陀堂を、正保三年(一六四六)久野七郎左衛門宗信が、亡き父久松院穏誉清安の菩提をとむらうために現在地に再興したのが、この寺の始まりだ。浮蓮社完誉月秀を開山とし、寺の名前も清安寺と改めた。
境内地は七百五十二坪であった。広大な敷地の中に鎮座する水天宮、その神社を多くの参拝客が訪れてくる。いつしか清安寺の前の道は水天宮通りと呼ばれるようになった。


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沢井氏関連イベント情報

『名古屋大須ものがたり』刊行記念 第32回堀川文化講座
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大須は一年を通していつも多くの人々で賑わっています。
大須の賑わいは、遠く江戸の昔から今に至るまで変わることのなく続いています。
芝居、映画、食い物、買い物と大須の町は人々を惹きつける魅力があります。
大須の魅力を多面的にとらえた『名古屋大須ものがたり』の刊行を祝し、下記要項で講演を催します。奮ってご参加下さい。
当日は、花をそえて大須にゆかりのある大正琴の琴伝流 結の会の皆さんに演奏していただきます。

◎内容

  • 第1部
    • 大正琴演奏 琴伝流 結(ゆい)の会
  • 第2部
    • 講演「名古屋大須ものがたり」
    • 講師:沢井鈴一(堀川文化を伝える会)

◎日時

  • 2010年7月31日(土) 午後1時~3時

◎場所

  • たちばなホール(愛知産業大学工業高等学校内)
  • 地下鉄名城線(東別院駅4番出入口から西へ徒歩6分)

◎参加費

  • 500円(冊子代含む)

◎定員

  • 260名(当日先着順)

◎お問い合わせ

  • 中区役所まちづくり推進室(電話052-265-2228 fax052-261-0535

沢井 鈴一(さわい すずいち)
沢井鈴一1940年 愛知県春日井市生まれ。明治大学文学部卒業後、市邨学園高等学校で国語科を教え、2000年3月に定年退職。名古屋市中区、北区等の生涯学習センター講師を務めるかたわら、堀川文化探索隊代表として長年にわたり堀川文化の地を調査・探索し数多の企画展を実現。著書に『浮世絵は愉しい』『伝えたい-ときめきを共有する教育』『堀川端ものがたりの散歩みち』『花の名古屋の碁盤割』『名古屋本町通りものがたり』など多数。

Webサイト:開府400年・名古屋の歴史と文化