経堂筋 - Network2010

鳥屋横町から藪の町

経堂筋

金剛山 長栄寺金剛山 長栄寺畏れという感情が喪失して久しくたつ。幼時の頃、夕方、ひとり鎮守の森の前を通り過ぎる時、何か慄然とした感情にとらわれた。お寺の前を通り過ぎる時も同じだ。
八事の親類を訪問した時のことだ。同じ道を何度も、くり返し通るだけで、親類の家になかなかたどり着くことができない。狐に化かされたのだと思った。
狐狸に化かされるということも、人魂が墓場の上を浮遊するということも、現在では遠い昔の出来事となってしまった。そんな話を持ちだせば、笑われるのが落ちだ。
明治の中頃、狸が出現して、通行人をだまして悪戯をする、人魂が浮遊するという通りが、下前津の地にあった。長栄寺の北側の東西の通りの経堂筋だ。経堂筋という俗名は、長栄寺の裏に経堂があった所から付けられた名前だ。経堂に隣接して、昼でも小暗い森があった。森の傍は桑畑だ。この森の中に、狸が棲息していた。狸は人家に出没して、よく悪戯をした。草履を隠して人々を困らせる。夕方には木綿をよる音をたてて、人々の耳をそばだたせる等という悪戯は序の口であった。時には質のよくない悪戯をして人々を困らせた。
ある人が、経堂筋の親類の結婚式に招待された。酒をしこたま飲み、夜おそく籠詰めのご馳走を下げて、経堂筋を千鳥足で歩いていた。突然、まっ暗闇の中に、大きな山が現れ、道をふさいでしまった。何事かと肝をつぶさんばかりに驚いたが、どうすることもできない。道端にへたへたと座りこみ、しばらくの間目をつむり、じっとしていた。いつしか山は消えていて、無事に家にたどり着くことができた。
経堂の墓地からは、人魂が空中を浮遊し、通行人を驚かせるということが、しばしば起った。

幕末から明治にかけて、名古屋は歌舞伎の名優を数多く輩出している。経堂筋の南側の家に誕生し、長くそこでくらしていたのが中山喜楽だ。
中山喜楽は、淡路島の出身で、上方歌舞伎で活躍していた中山喜楽の養子となって、その名を襲名したのが、経堂筋の中山喜楽だ。
喜楽は、当時の人気俳優坂東彦三郎に師事し、一時期坂東鶴五郎と名乗った時期もあった。嵐璃寛の指導を受けて、俳名薪獅は彼よりもらったものだ。
中年になり、名古屋にもどった喜楽は、名古屋の生んだ名優としてもてはやされた。彼の相手役をつとめたのが、前津土手町に住んでいた中村芝五郎だ。芝五郎の息子の芝三郎は、すこぶるつきの美貌であった。芝五郎は、息子に虫の付くのを恐れ、けっして独り歩きを許さなかった。銭湯に行くにも送り迎えをし、張番をつとめたという。佳人薄命のことば通り二十歳で早逝した。
中山喜楽も息子を明治二十八年に亡くしている。二十七歳の若さであった。
末広座の舞台で活躍する喜楽の名声は、ますます高まり、門人も多く集まった。そのうちのひとりが、京都から父親に伴われ入門した市川中車だ。明治三十五年の秋、喜楽は大須の歌舞伎座で引退興行を行なった。
名優の最後の舞台を見んものと多くの人々がかけつけた。

沢井鈴一氏関連情報

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取扱書店一覧(名古屋市内)
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沢井 鈴一(さわい すずいち)
沢井鈴一1940年 愛知県春日井市生まれ。明治大学文学部卒業後、市邨学園高等学校で国語科を教え、2000年3月に定年退職。名古屋市中区、北区等の生涯学習センター講師を務めるかたわら、堀川文化探索隊代表として長年にわたり堀川文化の地を調査・探索し数多の企画展を実現。著書に『浮世絵は愉しい』『伝えたい-ときめきを共有する教育』『堀川端ものがたりの散歩みち』『花の名古屋の碁盤割』『名古屋本町通りものがたり』など多数。

Webサイト:開府400年・名古屋の歴史と文化