地獄谷 - Network2010

猫飛び横町からおから猫

地獄谷

北野天満宮と道を隔てて建っている小さな祠北野天満宮と道を隔てて建っている小さな祠
通りをはさみ北野神社の前に小さな祠が建っている。中には古い観音が祀ってある。誰が、なんのために建てたのだろう。北野神社にくるたびに疑問に思っていた。通りがかりの地元の婦人に尋ねてみた。「この辺りは、昔、遊廓がありました。病気で非業の死を遂げた遊女もいました。遊女の死を悼んで建てられたのが、この祠です。今でも、私たちが、このお堂を守っています。」婦人の言われたように、大須観音の北、大光院の西、水天宮の南の地域は、旭廓ができるまでは遊廓があった地である。元新地があったので、日出町の地域を元新地と俗名で呼んだ。日出町には地獄谷と呼ばれる地があった。『大須繁昌記』には「地獄谷とは日出町の東北部、水天宮東、大光院西裏の低地を言ったものだ」と場所を特定している。山田秋衛は、註を次のように記している。

ここの住人は香具師。屋台店屋。紹介人(芸娼妓)。大道芸人。売春女。女遊芸師匠等が九尺二間の数十戸のへの字長屋に群居して、普通人は一寸足を踏み入れることのできぬ一画であった。戦前頃から少し改善されたが、しかし魔窟といった感じはいつまでも残っていた。

これは、さながらゴーリキーの『どん底』の世界だ。『どん底』を原作とした黒澤明の映画の場面が浮かんでくる。吹きだまりの中から、なんとかぬけ出したいともがく人々のくらす崖の下の長屋。それは地獄のなかでくらす人々を描いた映画であった。地獄谷のあった地は、テレビ愛知の西側だ。今も、やはり通りが低くなっている。

大須観音と同じく、岐阜県羽島市から移転してきたという北野天満宮大須観音と同じく、岐阜県羽島市から移転してきたという北野天満宮
地獄谷のあった地から、北野天満宮にもどる。天満宮は大須観音と同じく、羽島市の大須に残っていた。後醍醐天皇の勅命によって建てられた古い神社だ。慶長十年、洪水で流失、慶長十七年に徳川家康の命により、羽島より遷り現在の地に再建された。天満宮の石柱を調べてみると、遊廓から寄進されたものがある。遊女たちが、この神社に薄幸の境涯をぬけ出たいと願ったことであろう。人知れず百度石に願をかけた遊女もいたかも知れない。遊女が参る神社は天満宮だけではない。今はビルに変わってしまったが水天宮も、人々の信仰の厚い神社だ。水天宮は安産の神様で、ここに腹帯を受けに来る女性が戦前に多くいて、賑わったという。

遊郭の仲居や楼主の名前が寄進主として刻まれている玉垣遊郭の仲居や楼主の名前が寄進主として刻まれている玉垣

沢井鈴一氏関連情報

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■著者=沢井鈴一(堀川文化を伝える会 顧問)
■発行=堀川文化を伝える会
■体裁=A5判並製、カラー口絵付240頁、地図・古写真等多数収録
■価格=1500円
■内容=東海道・佐屋街道・柳街道・美濃路・上街道・下街道・飯田街道 ほか

取扱書店一覧(名古屋市内)
・ ちくさ正文館(広小路通り 千種駅東)
・ 正文館書店本店(東区東片端)
・ 熱田泰文堂(名鉄神宮前駅前 JR熱田駅前)
・ 三松堂書店(上前津交差点南西角)
・ 早川屋書店(大須ふれあい広場前)
・ 岡田書店(北区味鋺)
・ 三洋堂書店いりなか本店
・ 新開橋店(瑞穂区 新堀川沿い)
・ 鳥居松店(国道19号沿い春日井高校東)
・ ジュンク堂 名古屋店  
・ 名古屋ロフト店
・ 丸善 名古屋栄店
・ 三省堂 名古屋高島屋店
・ 中日書店 中日ビル3階
・ ブックショップ「マイタウン」(中村区 新幹線高架下)
・ 鎌倉書房 サカエチカ店

沢井 鈴一(さわい すずいち)
沢井鈴一1940年 愛知県春日井市生まれ。明治大学文学部卒業後、市邨学園高等学校で国語科を教え、2000年3月に定年退職。名古屋市中区、北区等の生涯学習センター講師を務めるかたわら、堀川文化探索隊代表として長年にわたり堀川文化の地を調査・探索し数多の企画展を実現。著書に『浮世絵は愉しい』『伝えたい-ときめきを共有する教育』『堀川端ものがたりの散歩みち』『花の名古屋の碁盤割』『名古屋本町通りものがたり』など多数。

Webサイト:開府400年・名古屋の歴史と文化