制作状況
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2013年2月3日
姫街道は、東海道見附宿(静岡県磐田市)と御油宿(愛知県豊川市)を結ぶ東海道の脇往還。 女性の往来が多いことから姫街道と呼ばれていた。 吉田より約10km、本陣 2軒、脇本陣はなく、旅籠62軒・総家数 316軒・人口 1,298...
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2013年2月1日
三河国最東端の宿場町である二川宿は、白須賀宿から約3km。 本陣と脇本陣各1軒、家数合わせて306軒、人数1,289の小規模な宿場であった。 二川宿本陣は、文化4年(1807)から明治3年(1870)まで本陣職を勤めた馬場家の...
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2013年2月1日
東海道は国道1号線に合流し西北に進む。市瀬を過ぎたあたりで右に別れ川沿いを進み、かけはね橋を渡り山中を進むと西願寺の前に出る。 西願寺を出ると再び、国道1号線に合流。一里塚跡を過ぎたところで右に分岐し、川に沿って超泉寺を右手に見...
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2013年2月1日
沢井鈴一の「名古屋の町探索紀行」第13講 如意界隈 第2回「小学校が建っていた寺──鶏足寺」
一本の道が如意を抜けて、大我麻に通じている。細い道をバスが用心深く走ってゆく。大我麻町に高速道路の楠JCTができてから、この道はJCTに通じる裏道となって、いつも交通渋滞をひき起している。味美から如意を通り比良にぬける、この道は如...
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2013年1月31日
鈴鹿川に沿って東海道一の長縄手、太岡寺畷(なわて)が続く。 そこを過ぎると関宿の入口。7世紀この地に「鈴鹿関」が設けられたのが地名の由来。 東の追分は、東海道と伊勢別街道の分岐点。宿を進むと御馳走場の碑が建っている。 御馳走...
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2013年1月30日
亀山市に入り、石上寺の横の坂を登りきると和田の一里塚に到着する。 亀山宿の東の入口露心庵跡を過ぎ渋倉町へ右に曲がる左手角に江戸口門標柱がある。 東海道の番所だけでなく 亀山城惣構の城門であった。 脇本陣跡、樋口本陣跡を過ぎ左...
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2013年1月30日
関西本線と平行に走る東海道は上野の交差点を過ぎ、再び国道1号線と 合流する、加佐登町を過ぎ国道1号線を右に折れ、再び左に曲がり 国道1号線の北を平行して庄野宿の町並みが並ぶ。 庄野宿は江戸から百二里余、東海道四十五次にあたり...
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2013年1月29日
石薬師宿は江戸から数えて四十四番目の 宿場。天領であったこの地に 宿駅が設置されたのは、元和二年(1861)と遅 く、それまでは高富村と 呼ばれていた。 弘化二年(1845)の石薬師宿軒別図から職業構成をみると、 人家約18...
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2013年1月29日
朝日町から朝明川を渡ると四日市市に入る。 富田に入りと富田の一里塚跡、八幡神社、長興寺や善教寺などがある。 、茂福町に入ると茂福神社の参道が現れる。300m程奥まった所に 茂福神社が鎮座している。 海蔵川の手前に三ツ谷の一...
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2013年1月25日
宮宿から桑名宿までは、東海道唯一の海路。七里の渡し場は伊勢国の東口に当り、天明年間(1781~1789)伊 勢神宮の「一の鳥居」が建てられた。 以来伊 勢神宮の遷宮ごとに建て替えられている。 河口のまち桑名を象徴する蟠龍櫓は...