安井俊夫の「シリーズ愛知万博を語る」その6-愛知芸術文化センター設立

【動画】シリーズ愛知万博を語るその6

安井俊夫の「シリーズ愛知万博を語る」
No1愛知万博事務次長に就任
No2戦争体験の継承を
No3県庁職員時代のエピソード1
No4県庁職員時代のエピソード2
No5県庁職員時代のエピソード3
No6県庁職員時代のエピソード4
No7県庁職員時代のエピソード5
No8万国博覧会の歩み
No9主会場青少年公園に変更
No10環境に配慮した会場建設
No11市民参加と愛知万博
No12ナショナルデー
No13官民混成の難しさ
No14ECO技術
No15愛知万博の遺産

第6回

-インタビューの内容を要約して記事にしています-

愛知芸術文化センター建設構想

鈴木礼治さんが昭和58年(1983)愛知県知事に就任し、最初の記者会見で日本一の文化施設を建設することを 公表しました。これは多分、仲谷知事の時にオリンピックの誘致に失敗したので、それに変わるものとして 出てきたものだと思います。サンフランシスコ講和条約締結記念として栄に愛知県文化会館が建設されました。美術館、ホール、図書館が作られ、三位一体施設と呼ばれました。これにならって日本一の施設を作れと命を受けました。その結果、美術と音楽、踊りなどをコラボした新しい発想の施設を建設しようということになりました。基本計画のなかに美術館、ホール、図書館のほかに文化情報センターを設置することが盛り込まれ 、文化情報センターは、2000年から3年ごとに開催されている、あいちトリエンナーレの母体となっています。

久屋大通とシャンゼリゼ通り姉妹提携締結へ

ただ、これだけの規模のものを名古屋のど真ん中に作るにあたり、土地問題や地元の賛同など問題が 山積していました。桑原知事が先頭に立って、昭和30年代に作られた愛知県文化会館建設の際も、ほとんどの人が反対したことを知りました。きっと今度も反対にあうだろうと覚悟していました。計画を発表すると地元から、すでに黒川紀章氏の設計で超高層のオフィスビルを建設し、地域の発展をはかる計画が進んでいると知らされました。「都心の魅力は文化の魅力」とう格好のよいコンセプトを打ち上げましたが、具体的に何をするのかと地元から問われ、じゃあパリへ行きましょう提案しました。
当時パリは大改造計画が進行中で都心の大改造を行っていました。7大プロジェクトのうち5つが文化・芸術関係でした。みなさんご存知のルーブル美術館、もともと宮殿であったのを半分を美術館、半分を大蔵省が使用していましたが、狭くてしょうがないということで大蔵省を外に出し、全部を美術館に使することになりました。さらにセーヌ川の南側のオルセーの駅を改造して印象派中心の展示をするオルセー美術館を建設、現代美術はポンピドゥー・センターを建設し3箇所に分散しました。パリオペラ座はオペラだけではなく、バレエの公演も行っていましたが、施設の老朽化などもあって、フランス革命の勃発したバスティーユに新たにオペラ・バスティーユを建設しオペラ専用の劇場としてオープンさせ、パリオペラ座はバレエ専門の劇場になりました。都心に芸術・文化の施設をうまく再配置して、年間1億人にのぼる観光客を呼び込んでいます。
我々一行は、鈴木知事のメッセージを携えてパリのシャンゼリゼ商店街を訪れ、日本ではじめて姉妹協定を結びました。日本でもこのような総合文化施設があることをアピールし、末永い友好を誓いました。

パリ市街地図


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建設への障壁克服

このことをきっかけに地元の全面的な応援を取り付けました。地元が反対すれば、ある県議が提案したように 森林公園に作れば良いと言う事になり、このコンセプトにそぐわない結果になっていたと思います。事業を進めるに従い別の問題が浮上しました。当時は、バブル経済の最盛期で名古屋テレビ塔の西南で 坪8000万円のという驚くべき取引事例が起こりました。まずは建蔽率の確保です、都市公園法では敷地の7%しか認められていませんので、愛知県文化会館の敷地に東側の栄公園の敷地を足しても小さな建物しか建築できません。そこで久屋大通公園を加えて一体化し何とかこの問題をクリアーしました。
残るは建設資金の問題です。敷地は名古屋市から借りていたので、当然市は県の施設であるから買収するか、しかるべき値段で借りるように要求しました。先にも述べたようにバブル経済の最盛期、当然そんな資金は愛知県にはありません。そこで1年間かけて愛知県文化会館の利用者の出口調査を行いました。その結果8割が名古屋市民であることが分りました。これを基に名古屋市に8割が名古屋市民で、2割しか名古屋市以外の人はいない、愛知県が土地、建物を取得して建設すれば名古屋市以外の愛知県民が怒るので、土地は名古屋市、建物の建設は愛知県が受持つということでどうかと提案し、随分と手間がかかりましたが、名古屋市に納得してもらいました。
「都心の魅力は文化の魅力」というコンセプトは、ひじょうに効果的だったと思います。

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