燃える不動尊 永林寺 - Network2010

補講 名古屋~栄

燃える不動尊 永林寺

広白山永林寺広白山永林寺永林寺は広白山と号す、曹洞宗の熱田全隆寺の末寺である。清屋茂公が創建し、安室袒心が中興した。全隆寺の第二世の龍札が開山した。もともとは仲ノ町一丁目にあったが、明治年間に今の地に移ってきた。
永林寺は山の薬師と親しまれ、呼ばれていた。『尾張名陽図会』は、永林寺が山の薬師と呼ばれる由来を、次のように述べている。

むかしは、此地内に大なる山ありて、上のかたに本尊薬師仏を安ず。仏工春日の作なり。もと此山は、狼煙山と号すは、往昔信長公清洲に在城の時、名古屋の諸卒に、清須への相図の狼煙をあげし地なりとぞ。此山のうへにある故に、俗に山の薬師といふ。後年、今のごとく下へおろして建つ。しかれども白山権現は其まま置て山上に安ず。此白山の社は、むかしは大社にして、広井の内にかくれなし。此白山の背銘に、文亀の年号見ゆるといふ。今は此社の辺に稲荷を祭る。

慶長遷府の前、広井に大きな山があった。白山神社が山の上に祀ってあった。白山神社の背銘には、文亀(一五〇一~一五〇四)の年号が記されているという。
清屋茂公が、そこに薬師仏を祀る小さな堂を建てた。その山は、信長が清須への相図の狼煙をあげる山であったので、山の薬師と呼ばれるようになった。清屋茂公が亡くなったのは天正三年(一五七五)のことである。
慶長遷府で、碁盤割の町並みが出来、山はならされ、平地になったけれども、薬師堂は、小高い丘の上にあった。境内は東西三十間二尺、南北十間二尺で、三百十三坪あった。
明治になり、現在の地に移る前の寺は、広小路の西北の地にあった。

永林寺の秘宝として、不動尊が伝わっている。
不動尊が永林寺にもたらされた経緯を高力猿猴庵は、文化二年(一八〇五)八月の日記に、次のように書いている。

此此、御園町四丁目脇田屋と言古道具店へ去年より不動尊の御影を求めしが、此画を開き見るに、忽ち、ふるい気出、夫より気色あしく、夜分、店にて火の光抔見へ、不思議の事有故、亭主怪しみ、易者に考へ貰ひしに、是は此画像のたたりなり。麁抹に店抔へ出しては宜しからず、と言。画道の巧者に見すれば、是は只人の画にあらず、至而最上の名画也。商家に持べきにあらず、早々、寺へ奉納すべしと言へり。此事、納屋辺の豪家の主聞て、山の薬師永林寺へ奉納せば、別に一宇の室を建立し、諸人に結縁なさしめんと言。脇田屋も、是に同意して、永林寺へ移し奉り、同廿七日、遷仏の供養あり。毎日、諸人に拝見なさしむ。参詣多し。至而古仏、殊勝成尊像にして、図も世の常に替れり。諸方願望の霊験有り。一宇の堂、結構に成る。

二十七日の記は、次のように書いてある。

午の刻、永林寺不動尊入仏供養。大般若経、転読畢て、願主・講中の輩、餅を投げて貴賤群集す。

寺伝によれば、不動尊を描いたのは北殿司であるという。五十年に一度しか、不動尊を修めた扉は、開かれなかった。
平成十七年春に、傷みのはなはだしかった画像は修復され、往時の燃えるような火炎の不動尊として寺に納った。

沢井鈴一氏による新連載「俗名でたどる名古屋の町」スタート!毎週金曜日、更新!!

沢井氏関連イベント情報

第31回堀川文化講座
「名古屋広小路ものがたり」

昔も今も変わらぬ名古屋の中心の通り、広小路は今年開通350年を迎えました。広小路をそぞろ歩きをし、屋台をひやかし、喫茶店で憩い、映画を楽しむ。
広ブラは人々の娯楽の中心でありました。
第31回堀川文化講座は、その広小路の350年の歩みを記した『名古屋広小路ものがたり』の刊行を記念する会です。
刊行を記念し、西川流の名手西川長秀、杵屋彌之友さんが祝いの踊りと長唄を披露してくださいます。

  • 1. 越後獅子
    • 踊り : 西川流 西川長秀
    • 長唄 : 杵屋彌之友社中
  • 2. 娘七種
    • 長唄 : 杵屋彌之友社中
  • 3. 講演「名古屋広小路ものがたり
    • 講師 : 沢井鈴一

◎日時:2010年3月28日(日) 13時~15時
◎会場:橘ホール (愛知産業大学付属工業高校)地下鉄名城線 東別院駅下車西へ 東別院西側
◎冊子代:500円
◎定員:250名
◎お問い合わせ:中区役所まちづくり推進室 TEL: 052-265-2228

沢井 鈴一(さわい すずいち)
沢井鈴一1940年 愛知県春日井市生まれ。明治大学文学部卒業後、市邨学園高等学校で国語科を教え、2000年3月に定年退職。名古屋市中区、北区等の生涯学習センター講師を務めるかたわら、堀川文化探索隊代表として長年にわたり堀川文化の地を調査・探索し数多の企画展を実現。著書に『浮世絵は愉しい』『伝えたい-ときめきを共有する教育』『堀川端ものがたりの散歩みち』『花の名古屋の碁盤割』『名古屋本町通りものがたり』など多数。

Webサイト:開府400年・名古屋の歴史と文化