アーカイブス

  • 2012年3月23日

    広小路名古屋ホテル

    支那忠についで、明治二十八年竪三ツ蔵町に木造洋館の名古屋ホテルが建った。このホテルは和室の上等は二円、洋室は五円五十銭であった。中等は和室一円五十銭、洋室四円五十銭だ。昼食代は和食の上等は五十銭、洋食は一円七十五銭であった。

  • 2012年3月23日

    昭和初期の名古屋「名古屋観光ホテル」

    広小路に面して建つ名古屋観光ホテルは、名古屋に国際級のホテルを造りたいと提唱し、名古屋財界が総力をあげて建てたもの。 昭和九年九月十四日、株式会社名古屋観光ホテルが正式に発足した。取締役社長は青木鎌太郎であった。豊田利三郎、高橋...

  • 2012年3月21日

    昭和初期の名古屋「広小路第一銀行名古屋支店」

    市電御園町停車場付近から第一銀行名古屋支店を見る

  • 2012年3月21日

    昭和初期の名古屋「広小路名古屋銀行と愛国生命」

    西から東方向に向かう広小路。画面右手前は、村瀬銀行、右中央に名古屋銀行(現三菱東京UFJ銀行)、民家をはさみ 愛国生命ビル。金融関係の店舗が並んでいた。

  • 2012年3月21日

    昭和初期の名古屋「広小路十一屋百貨店」

    画面左手前に見える鳥居は朝日神社、左手中央は元和元年(1615)に創業した十一屋呉服店を母体とする十一屋百貨店のビル。 遠くに栄町交差点が見える。昭和8年(1933)に市役所が三の丸に移転し北に延伸するまで、路線は栄町交差点で東西...

  • 2012年3月21日

    昭和初期の名古屋「栄屋(旧いとう百貨店)」

    慶長16年(1611)に本町通で服小間物商を創業したいとう呉服店は、いったん店を閉めるが、万治2年(1659)に 名古屋城の南、本町通を少し西に入った茶屋町に店を再興した。明治43年(1910)名古屋の中心街として発展する 栄町交...

  • 2012年3月16日

    昭和初期の名古屋「移転後の名古屋駅前」

    笹島から北方に移転新築された名古屋駅は竣工当時、東洋一の駅ビルと呼ばれていた。2000年のJRセントラルタワーズの完成まで 名古屋の陸の玄関口として多くの旅客に利用された。

  • 2012年3月16日

    昭和初期の名古屋「完成間近の新名古屋駅」

    昭和12年(1937)2月には旧駅舎(笹島)の北西に地上6階地下1階の新しい名古屋駅が新築された。完成まじかの新名古屋駅の旧路線を走る蒸気機関車の様子。

  • 2012年3月16日

    昭和初期の名古屋「旧名古屋駅と新名古屋駅の建設」

    笹島にあった名古屋駅は旅客と貨物の両方を扱っていた。旅客列車の本数も昭和に入ると1日100本を超え、貨物の扱い量も開設初期から飛躍的にのびて年間100万トンを超えるようになった。これに対応して貨客を分離するため、笹島から北西約50...

  • 2012年3月16日

    昭和初期の名古屋「名古屋駅前(笹島)」

    名古屋駅前を走る市電の路線は左に折れて広小路へと進み、納屋橋、広小路本町を通過して栄町交差点へと向かう。