リニア時代の名古屋のまちづくりーNo 4中日ビルの再建

【動画】リニア時代の名古屋のまちづくりNo.4 中日ビルの再建

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①栄地区再生へ
②久屋大通公園再生
③名古屋テレビ塔
④中日ビル

大画面でご覧になりたい方はYouTube Network2010で

第4回目として、 中部日本ビルディング株式会社 金森昭夫社長に中日ビルの建替えや栄地区の再生に 果たす役割をお聞きしました。

インタビュー要約

戦後復興と中日ビル

中部日本新聞(1965年改名)は、戦時中の1942年、新愛知新聞と名古屋新聞が合併し誕生しました。名古屋新聞の本社が現在の若宮大通と久屋大通が交差する場所にあり、中部日本新聞が置かれました。終戦直後の1946年、本社が中区御幸本町の旧新愛知新聞本社へ移転され中部日本新聞中日会館となり、名古屋タイムズ社が入居することなりました。戦後の復興計画で100m道路建設が持ち上がり、立ち退くこととなりました。代替地としていただいたのが現在の中日ビル(中区栄四丁目)のある場所です。現在では、当時より広い2000坪ほどありますが、当初新しく新聞社を建設する予定でした。しかし、新聞の発行部数が伸びており、この敷地面積では不足であるということで、断念することになりました。その代わりとして市民の皆さんに楽しんでいただけるビルを建設しようということになり中日ビル建設にいたりました。

その後の中日ビルの歩み

新聞社の建てるビルなので、ある程度の公共性、社会性、情報性、文化性が必要であろうとして、一般の商業ビルとは少し違う特徴を持ったビル建設になりました。昭和40年代までは、栄といいますと久屋大通の西側の地域を指していました。当時、中日ビルのある栄四丁目あたりは、武平通とか新栄と呼ばれていました。中日劇場開業時のパンフレットにも栄東と書いてありました。中日ビルの建設によって人の流れが東に移行し、栄ゾーンが東側に広がったといった功績はあると思います。中日ビルの屋上にある回転レストランは、栄の名物となりました。名古屋市民はもちろん、東海地方や東京、遠くは九州から来られた方にも、ここで食事をすると名古屋の街の魅力を感じることが出来たと好評でした。また、中日ドラゴンズの球団事務所が6階にあり、優勝パレードの終着点が中日ビルということもあって、中日ビルから久屋大通にかけて、何万人という人々が集まって監督、選手とともに名古屋が元気になったと喜んでいただきました。

栄地区の潜在力

最近は百貨店の売上げ高や地価上昇率などが、栄地区より名古屋駅地区が上回るなど、いろんな意味で栄の地盤沈下が言われています。しかし、栄は都市集積が名古屋駅に比べて圧倒的に進んでいると思います。商店街だけではなくビジネス拠点でもありますし、文化の拠点でもあります。ちょっと足をのばせば官庁街、名古屋城もありますし、南には大須もあります。東京における丸の内、銀座、浅草、上野などの特徴ある街が凝縮された地域であるといえます。栄は潜在的な力を圧倒的に持っています。残念ながら、その潜在的な力を引き出すことには至っていませんが、これを実現することが名古屋全体の力を引き出すことにつながると考えています。

栄バスターミナル跡地暫定活用事業

(株)中日新聞社を代表構成法人として、(株)三晃社、中部土木(株)、(株)電通中部支社、(株)名古屋三越の計5社で、栄バスターミナル跡地の暫定活用事業提案を行い採用されました。2020年から3年間限定ですが広場を整備、運営します。2020年夏には東京五輪、パラリンピックが開催されますので、関連イベントや パブリックビューイングなどで名古屋からも東京五輪を盛り上げよう、五輪を楽しみながらバスターミナル跡地の楽しく利用できればと考えています。

中日ビル建て替え

中日ビルは、2019年3月に閉館し翌日の4月1日から解体工事に入っています。多少ダブル時期はありますが、おおよそ18ヶ月かかります。2021年の初め頃から新築工事に入り、2023年中には、建物全体の外観とか大枠は出来上がり、その後、半年程かけて内装を行い、2024年度の早い時期のオープンを目指しています。多目的、複合ビルなので一つのコンセプトで表せませんが、思いとしては四つの機能を持たせたいと思っています。楽しむ、憩う、働く、集う。具体的には最上階から順にホテル、オフィス、集客フロアー、飲食と物販などのフロアーをバランス良く配置して、いろんな方々に楽しんでいただければと考えています。 中日劇場をなくすのは大変残念だという声を沢山いただきましたので、規模は小さくなりますが多目的ホールの設置を予定しています。洋楽、邦楽、コンサート、寄席・落語、小演劇などのスペースとして、またウイークデーはビジネスユースにご利用いただければと考えています。

久屋大通公園の再整備

栄地区での一番の課題は、久屋大通をいかに上手く使うかということです。終戦直後にせっかく先人は作ってくれた都市基盤。正直に言って名古屋市民は充分に生かしきっていなかった。東西の人の流れを分断する大きな川の流れのようになっていました。ようやく行政が中心になって久屋大通に人を呼び込めるような開発が始まりました。久屋大通公園の再整備が進み、中日ビルが連携できれば、栄の面的拡大が進むと思います。他の大都市と比較して都心にこれだけの緑地があり、面的な広がりを持つスペースはありません。また、愛知芸術文化センターのような文化の拠点もあります。ヨーロッパの都市に見られるような中心に広場、教会、市庁舎があり、人が集まって楽しめる新しい形の都心ができればいいと考えていますし、また、新しい中日ビルがそのための一助になればと思っています。

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