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二見道へ
二見は、倭姫命(やまとひめのみこと)が天照大神のご鎮座される地を求めて 伊勢の海辺を歩かれた折、この浦の素晴らしさに二度振り返られた伝説から その地名が付いたともいわれる景勝の地。遠浅の白砂青松の浜は、明治初期まで 神宮に参る参拝者が禊をした清浄で神聖な場所だった。 明治時代までは神宮の御塩と御贄を調達するための神宮領で、 今日も神宮の御塩や御料の調達地として、御塩殿神社の隣に建つ御塩殿で作られ た昔ながらの堅塩が外宮まで運ばれる。
伊勢から二見へ向かう間にある河崎は、市の中央を流れる勢田川沿いに 古い蔵が軒を連ねる昔の問屋街。かつて三河や駿河からの神宮参拝客や全国から 集められた食材は、勢田川を船でさかのぼり河崎に至った。 河崎は「山田(今の伊勢市)の台所」と呼ばれ、神宮のまちの発展とともに 栄えたが、明治後半以降は鉄道や自動車の普及による流通の変化に対応 できなくなり徐々に衰退した。しかし、そのため、かえって「切妻妻入」の 重厚な商家の町並みが残り、歴史情緒が漂うまちとなっている。
河崎を出てしばらく歩くと、勢田川沿いに天正3年(1575)創業の角屋がある。 かつて三河や駿河方面から船で神宮に参宮した人々がここで船を下り、 一息いれて神宮へ向かったという二軒茶屋があったところで、 現在も二軒茶屋餅を販売している。
さらに二見へ向かう道は五十鈴川をわたり、終着点の二見興玉神社へと続く。
二見興玉神社は縁結びの神様として知られ、夫婦岩の大注連縄の張替えは 室町時代からの伝統がある。かつては修学旅行や新婚旅行のメッカで、 門前の茶屋町は木造の旅館や土産物店が軒を連ねており、現在もシーズンには たくさんの観光客で賑わう。
(三重県の歴史街道より)
二見道 河崎
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二見道 勢田川を下る
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二見
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