お伊勢参りの道

  • 2013年3月18日

    お伊勢参りの道 関ケ原町・大垣市

    中山道関ケ原宿の関ケ原駅前あたりで伊勢街道が始まり鳥頭坂に向かう。鳥頭坂は、関ケ原の戦いで敵中を突破した薩摩軍の しんがりを務めた島津豊久が討ち死にした場所。 追分から南東に下った県道56号線の東に関ケ原の戦いで本多忠勝が陣を...

  • 2013年3月14日

    お伊勢参りの道 養老町

    養老公園の周辺には多くの史跡が点在する。大菩提寺(大悲閣)は西美濃三十三霊場の第二十四番目札所。 境内には、当芸野(たぎの)日本武尊史跡の碑が建っている。元正天皇行幸遺跡は 霊亀3年(717) 元正天皇行幸の際、この地を訪れ多...

  • 2012年5月2日

    お伊勢参りの道 桑名市

    美濃街道は、一般には東海道宮宿と美濃の垂井宿を結ぶ脇往還を指すが、桑名からも長良川右岸に沿って美濃国に到る街道が開けていた。岐阜県では伊勢に通じる街道として伊勢街道とも呼ばれている。

  • 2011年12月7日

    お伊勢参りの道 四日市市・鈴鹿市

    日永の追分の追分で東海道と分岐した伊勢街道は 県道103号線上を南下する。内部川を渡った所で 県道103号を西に折れ、川沿いを100m余り進み 左手に曲がり再び南下する。 右手に河原田神社の鳥居、左手に光明山常超院を 見...

  • 2011年12月7日

    お伊勢参りの道 津市

    鈴鹿市から津市の河芸町に入った所に甕(かめ)釜冠地蔵堂がある。参宮道者の無事を祈願し、茶を接待した休憩所で巡礼道との分岐点にあたる。 東千里の町並みを近鉄千里駅の方向に進み伊勢街道は西に折れ国道23号線の西に沿って上野の町並みを...

  • 2012年5月2日

    お伊勢参りの道 参宮街道 松阪市

    松阪城から見た松阪中心部松阪の町は、戦国時代に蒲生郷里(がもう うじさと)が築城した城下町として出発しました。江戸時代になってから松阪の町は紀州徳川家の支配下になり、1644年天守閣が台風のため倒壊しました。その翌年から松阪の町の...

  • 2011年12月7日

    お伊勢参りの道 参宮街道 明和町

    松阪市と明和町の境界を流れる祓川を越えて明和町へ入る。斎宮全体が遺跡の宝庫。 斎王は天皇の名代で伊勢神宮に仕えた未婚の皇女。斎王宮跡を含め、様々な遺跡が町内に 点在している。それを東西に横切るように参宮街道は通っている。

  • 2011年12月8日

    お伊勢参りの道 参宮街道 伊勢市

    伊勢街道は江戸時代には東海道に次いで交通量が多いにぎやかな街道で、 多くの物資や情報も行き交い、途中、東海道や伊勢別街道、 伊賀街 道等、多くの街道が合流(分岐)するため、伊勢国の幹線道路として、 地元の人々にとっても重要...

  • 2013年9月1日

    お伊勢参りの道 二見道 伊勢市

    二見は、倭姫命(やまとひめのみこと)が天照大神のご鎮座される地を求めて 伊勢の海辺を歩かれた折、この浦の素晴らしさに二度振り返られた伝説から その地名が付いたともいわれる景勝の地。遠浅の白砂青松の浜は、明治初期まで 神宮に参る参拝...

  • 2012年5月2日

    伊勢別街道 亀山市

    伊勢別街道の名は、四日市日永追分から伊勢にいたる伊勢街道の支道の意味で、街道の総距離はおよそ四里二六町。途中、楠原、椋本、窪田に宿場が設けられ、江戸時代には京都方面からの参宮客で賑わった。 (三重の歴史街道説明文より)