江戸時代の名古屋城下「広小路本町夕景」

広小路本町夕景(白黒の尾張名所図会をイメージ着色)

広小路本町夕景(白黒の尾張名所図会をイメージ着色)

徳川家康は名古屋城下建設時、名古屋城の南の区域を碁盤の目のように区画し「碁盤割」と呼んだ。広小路ができる前は堀切筋と呼ばれ道幅三間(3.64m)の狭い道であった。万治3年(1660)万治の大火と呼ばれる大火事が発生し城下町の大半を焼き尽くし、それを契機に久屋町から長者町までの区間が4倍以上拡幅され広小路が建設された。以後、現在にいたるまで名古屋を代表する道として使われてる。夏の夜は涼を求めて多くの人が芝居、物まね、居合抜きの芸を夜が更けるまで楽しんだ。

尾張名所図会で見る江戸時代の名古屋INDEX
名古屋城
加藤清正石引きの図
亀尾天王社
三の丸東照宮
亀王天王社祭礼
伊藤呉服店
東照宮祭
梵天祭
魚の棚通
本町通三丁目
桜天満宮
本町通四丁目
伝馬会所
本町六丁目
医学館薬品会
広小路
東寺町
建中寺
東山春興
広井三蔵
洲崎神社
南寺町寺院群
若宮八幡宮
若宮祭黒船車
万松寺
総見寺
清寿院
大須観音
梵天祭
大須奉納馬の頭
日置橋満開の桜
七ッ寺
七ッ寺境内
西本願寺別院
東本願寺別院
富士見原
東輪寺
古渡村
一の鳥居
沢観音妙安寺
熱田神宮
祈年祭夕供御
白鳥山法持寺
大瀬古魚の市
築地の遊興
七里の渡し
源太夫社
姥堂・裁断橋
呼続浜
笠寺観音
音聞山
中根村
星崎塩田
有松絞り店
佐屋渡し
萱津神社
甚目寺観音
甚目寺観音詣
枇杷島橋
下小田井青果物問屋
清須総図
津島天王祭 試楽
津島天王祭 朝祭
起の渡し
桶狭間今川義元本陣
桶狭間決戦の日
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尾張名所図会 広小路夜見世

尾張名所図会 広小路夜見世原本

現在の風景

現在の風景 広小路本町 広小路の南側には掘割があり本町通に橋が架けられていた。

江戸後期の名古屋城下

江戸後期の名古屋城下図を拡大

江戸後期の名古屋城下図を拡大

尾府全図の一部 尾張名所図会は、矢印の方向から描かれています。

地図


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