広小路物語 華の名古屋の碁盤割

【動画】広小路物語

華の名古屋の碁盤割
①江戸時代
②明治10年
③明治20年/30年代
④明治末期/大正
⑤昭和初頭
⑥昭和33年
⑦現在の碁盤割
⑧御園通
⑨広小路物語
⑩広告で見る四区時代
⑪名古屋鮓物語
名古屋開府-江戸時代

関ケ原の戦いに勝利した徳川家康は、来るべき豊臣家との決戦に備えて低地で水責めに弱い清洲からの移転を考えた。数ある候補地の中から清洲の南東に当たる名古屋台地が選ばれた。台地の北端に名古屋城が築城され、その南側は、京都にならって東西に十一列、南北に九列の正方形に区画された。碁盤割と呼ばれている。
1660年、万治の大火が発生し、城下の大半が焼失した。南端にあった堀切筋は、防火のため4倍以上拡幅され広小路が建設された。広小路では、芝居、物まね、居合抜きのなどの芸がおこなわれ、多くの人でにぎわった。しかし江戸時代の名古屋城下の基幹道路は本町通であった。

明治時代

明治時代初頭までは、美濃路の名古屋宿にあたる現在の伝馬町本町交差点周辺が金融の中心地であった。現在の三菱UFJ銀行の前身にあたる旧名古屋銀行や三井銀行の名古屋支店、名古屋株式取引所が集まっていた。明治10(1877年)、広小路通の終点の南久屋町に愛知県庁が建築された。
明治19年(1887年)、あたりは沼地と湿地帯のなかに突貫工事で笹島に名古屋駅が開業した。名古屋駅開業にあわせ、 長者町から名古屋駅までの広小路拡幅延長工事が行われた。
明治22年(1889年)、市制施行により名古屋市が誕生、市役所庁舎は現在栄交差点南西角(現在の栄スカイル)に置かれた。明治31年(1898年)には名古屋電気鉄道によって日本で2番目の笹島から久屋町までの区間で電気鉄道が開業した。その後、国鉄中央線の千種駅が開業し、広小路通の延長によって道路を塞ぐように建っていた県庁舎の移転工事が行われ、現在の愛知芸術文化センター周辺に新庁舎が竣工した。
明治32年(1899年)、明治座を手本に名古屋で最初の大劇場「御園座」が落成。明治37年(1904年)には、現在の栄交差点北東角(現錦三丁目25番街区)に日本銀行名古屋支店が新柳町から移転した。明治40年(1907年)、名古屋市役所庁舎が火災により焼失、現在の中区役所のある場所に新築された。
明治43年(1910年)、鶴舞公園で第十回関西府県連合共進会が開催された。この博覧会に向けて栄町周辺のインフラ整備が進んだ。栄町まで大津町通の拡幅工事が行われ、火災で焼失した名古屋市役所の跡地に名古屋初の百貨店、いとう呉服店が茶屋町から移転、新築された。日銀名古屋支店の東、広小路沿いに中央バザールという小売商人に売り場を賃貸する建物も開業した。

大正時代-昭和初期戦前

大正時代に入ると周辺市町村の名古屋市への編入が行われ、名古屋市の市域面積は東京市の2倍、人口は60万を超え東京・大阪につぐ 全国第3位の大都市になった。1926年、大正天皇が崩御され年号は昭和に改められた。昭和4年(1929年)昭和天皇の行幸に向けて、本町通りの整備が行われた。昭和時代初頭の広小路沿線には、銀行などの金融機関、百貨店などの商業施設が軒を連ねていた。昭和8年(1933年)、名古屋市役所が現在地に移転、昭和13年(1933年)、愛知県庁も市役所の南隣に移転。官庁街が栄町から三之丸への移転がはじまった。
昭和9年(1934年)、市の人口が100万人を突破。名古屋汎太平洋博覧会の開催(昭和12年)が決まり、名古屋駅の移転・新築、桜通の建設などのインフラ整備が行われた。広小路通には、名古屋観光ホテルが開業した。

昭和戦後

昭和20年8月15日、太平洋戦争が日本の敗戦で終わった。碁盤割を中心とした名古屋の旧市街地の50〜60%が焼失した。戦後の復興が始まった。日本に3本ある100m道路のうちの2本の久屋大通と若宮大通の建設が開始された。広小路沿線でも昭和27年(1952年)に丸栄百貨店、昭和29年(1954年)には栄町交差点南東角に オリエンタル中村百貨店が開業した。昭和32年(1957年)地下鉄が開通、地下街ができるまでは、広小路沿線には多くの映画館が軒を並べ広ぶらを楽しんだ。

リニア開通に向けて

リニア中央新幹線の名古屋~東京間の2027年部分開通が決まり、名古屋駅周辺では超高層ビルの建設があいついでいる。地盤沈下が叫ばれている栄地区においても遅ればせながら再開発が始まった。2019年1月には、Park-PFI制度を使った久屋大通公園整備運営事業が開始され、2020年9月にHisaya-odori Parkとしてグランドオープンした。また2019年4月から中日ビルの建て替え工事(地上33階、地下5階)が始まり、2024年春のオープンに向けた準備に入っている。栄交差点北西角、「錦三丁目 25番街区計画」も2022年7月に開始され、 ホテル、オフィス、シネコン、商業施設が集積した地上211mの名古屋の新たなランドマークとなるシンボルタワーとして2026年夏頃完成を目途に工事が進んでいる。
名古屋駅と栄を結ぶ広小路通の役割は、さらに大きくなると予想される。

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