中山道 鵜沼宿

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鵜沼宿は中山道52番目の宿場。人口:246人 家数:68軒 本陣:1軒 脇本陣:1軒 旅籠:25軒 の規模であった。

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各務原市に入り、東海北陸自動車道の下をくぐり350m程行った右に、少林寺と善休寺が並ぶように建っている。
少林寺は、鎌倉時代の応長元年(1311)、尾張国葉栗郡小網島村(現在の各務原市川島小網町)に臨済宗南禅寺派の寺院として、夢窓疎石が開山した。明応8年(1499)、臨済宗妙心寺派の寺院として再興され、新加納に移転された。織田信長の美濃攻めにより焼失。関ヶ原の戦い後、松倉城主の坪内利定が羽栗郡と各務郡を治める大身旗本となり、新加納に陣屋を築き菩提寺として再建した。
少林寺を出て程なく中山道はクランク状に曲がる。このあたりに新加納一里塚と立場が置かれていた。鵜沼宿と加納宿の間は四里十町(約17km)と距離があり、「間の宿」としてにぎわった。ここから中山道は、まっすぐ東に延びる。新加納一里塚から、各務原市街を3.5kmほど進んだ左手に六軒の一里塚跡碑が中山道脇に建てられている。
そこから途中で合流する国道21号を5kmほど東に進むと山の前の一里塚跡。一里塚跡を過ぎ中山道を離れ北に1kmほど登ったところに「龍宮に通じる」との云い伝えがある苧ケ瀬池(おがせ池)が広がる。池のほとりには、八大龍王総本殿、八大白龍大神が鎮座している。池のすぐ北にある薬王院は、八大龍王を祭っている臨済宗妙心寺派の寺院。毎年7月には、おがせ池夏まつりが開催され、花火大会も実施される。
丘を下り、中山道に戻り鵜沼宿をめざす。 一里塚跡から2km弱行った左手にある空安寺の東隣に、円墳としては岐阜県下最大規模の古墳、衣裳塚古墳が中山道に沿って所在する。周囲は開墾のためやや削平されているが、北側はよく原形を留めている。ここから500m余りで鵜沼宿に入る。


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  • 中山道(加納宿から鵜沼宿)

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  • 鵜沼宿周辺

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  • 少林寺

    少林寺

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  • 新加納一里塚跡・立場

    新加納一里塚跡・立場

  • 新加納一里塚跡・立場

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  • 六軒の一里塚跡

    六軒の一里塚跡

  • 八大白龍神社とおがせ池

    八大白龍神社とおがせ池

  • 八大白龍神社

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  • 薬王院

    薬王院

  • 空安寺

    空安寺

  • 空安寺

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  • 衣裳塚古墳

    衣裳塚古墳

  • 衣裳塚古墳

    衣裳塚古墳

鵜沼宿

鵜沼宿は中山道52番目の宿場。人口246人、家数68軒、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠25軒の規模の宿場(天保14年1843年)。宿に入ると、中山道の南側に、安田家住宅(若竹屋)、梅田昭二家、梅田吉道家住宅(茗荷屋)、坂井家住宅(丸一家)の順に町並みが続く。
安田家住宅は、かって旅籠屋を営み「若竹屋」と号した。主屋は昭和五年の建築、木造つし二階建ての切妻造り。
梅田昭二家の主屋は、本家(梅田吉道家)に次いで古く、明治元年の建築とされる。主屋の南側には、濃尾震災の翌年(明治二十五年)に建てられた離れがある。
梅田吉道家住宅は、江戸時代に「茗荷屋」という屋号で旅籠を営んでおり、現在の建物は約160年前に建てられ、濃尾震災にも耐えたとされている。鵜沼宿で唯一、江戸時代に遡る貴重な建物。
坂井家住宅は、明治二十七年の建物。中山道に向かって門を構え、前面に塀をめぐらしている。
中山道の北側、坂井家住宅の向かい側に二ノ宮神社の参道が坂の上の本殿に延びている。坂の東側に復元された鵜沼宿脇本陣坂井家の真新しい建屋がひときわ目に付く。鵜沼宿の脇本陣は、坂井家が代々これを務め、安政年間に到って坂井家に代わり野口家が務めた。貞亨二~五年(1685-88)に松尾芭蕉が当家に休泊し句を詠んだと伝えられている。脇本陣の一角に、芭蕉句碑が並んでいる。
脇本陣の東隣、本陣のあった場所案内板が立てられている。道の南側の菊川酒造の二棟の蔵は東側を本蔵、西側を豆蔵と呼ぶ。本蔵は大正時代後期の建物、豆蔵は創業した明治時代初期に他所より移築されたと伝わる。
そこからすぐ先の左手にある旧武藤家住宅は、鵜沼宿本陣桜井家の東側に隣接しており、江戸時代は「絹屋」の屋号で旅籠を営んでいた。幕末の絵図に見られる「絹屋」は、「表間口6間、奥行11間、惣坪192坪半」で、渡り廊下でつながる2棟の 家屋からなり、中庭・裏庭・湯殿2・土蔵2をもっていたことが分かる。平成20年5月より中山道鵜沼宿町屋館として公開している。
中山道鵜沼宿町屋館の向かいにある旧大垣城鉄門は、大垣城本丸の表口に建てられていた。明治九年安積家に払下げられた後、自邸の門として維持されてきた平成二十一年にこの場所に移築された。


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  • 鵜沼宿周辺

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  • 鵜沼宿

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  • 坂井家住宅(丸一屋)から鵜沼宿西入口を見る

    坂井家住宅(丸一屋)から鵜沼宿西入口を見る

  • 安田家住宅(若竹屋)

    安田家住宅(若竹屋)

  • 安田家住宅(若竹屋)

    安田家住宅(若竹屋)

  • 常夜灯

    常夜灯

  • 梅田昭二家

    梅田昭二家

  • 梅田昭二家

    梅田昭二家

  • 梅田吉道家住宅(茗荷屋)

    梅田吉道家住宅(茗荷屋)

  • 梅田吉道家住宅(茗荷屋)

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  • 坂井家住宅(丸一屋)

    坂井家住宅(丸一屋)

  • 坂井家住宅(丸一屋)

    坂井家住宅(丸一屋)

  • 安田家住宅から鵜沼宿東を見る

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  • 二ノ宮神社

    二ノ宮神社

  • 二ノ宮神社

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  • 鵜沼宿脇本陣坂井家(復元)

    鵜沼宿脇本陣坂井家(復元)

  • 鵜沼宿脇本陣坂井家(復元)

    鵜沼宿脇本陣坂井家(復元)

  • 鵜沼宿脇本陣坂井家(復元)

    鵜沼宿脇本陣坂井家(復元)

  • 鵜沼宿脇本陣坂井家(復元)

    鵜沼宿脇本陣坂井家(復元)

  • 脇本陣表門

    脇本陣表門

  • 土間と座敷

    土間と座敷

  • 玄関

    玄関

  • 座敷

    座敷

  • 上段の間

    上段の間

  • 上段の間

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  • 芭蕉句碑

    芭蕉句碑

  • 芭蕉句碑案内板

    芭蕉句碑案内板

  • 鵜沼宿と芭蕉

    鵜沼宿と芭蕉

  • 鵜沼宿と芭蕉

    鵜沼宿と芭蕉

  • 鵜沼宿本陣跡(右)と菊川酒造

    鵜沼宿本陣跡(右)と菊川酒造

  • 菊川酒造

    菊川酒造

  • 安積門(旧大垣城鉄門)

    安積門(旧大垣城鉄門)

  • 安積門(旧大垣城鉄門)

    安積門(旧大垣城鉄門)

  • 旧武藤家住宅(鵜沼宿町屋館)

    旧武藤家住宅(鵜沼宿町屋館)

  • 旧武藤家住宅(鵜沼宿町屋館)案内板

    旧武藤家住宅(鵜沼宿町屋館)案内板

  • 旧武藤家住宅(鵜沼宿町屋館)案内図

    旧武藤家住宅(鵜沼宿町屋館)案内図

  • 玄関・土間

    玄関・土間

  • 玄関・土間

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  • 居間・台所

    居間・台所

  • 座敷・仏間・床の間

    座敷・仏間・床の間

  • 台所・階段

    台所・階段

  • 二階昇り口

    二階昇り口

  • 二階「つし」(天井の低い屋根裏部屋)

    二階「つし」(天井の低い屋根裏部屋)

  • 曲線状の天井

    曲線状の天井

  • 前庭

    前庭

  • 前庭

    前庭

  • 旧旧武藤家住宅から うとう峠を見る

    旧武藤家住宅から うとう峠を見る

  • 旧大安寺川

    大安寺川

うとう峠

大安寺川に架かる大安寺大橋を渡り、坂祝バイパスを越えた両側に、高札場跡のレプリカと尾州領傍示石が置かれている。
ここから約450m行くと、うとう峠にさしかかる。中山道は、慶安四年(1651)までは木曽川を越えて犬山善師野から可児へ抜ける道筋だった。その後、ここ[うとう峠]を越えて大田宿へ至る道に変えられた。「うとう」とは「疎」で「不案内、よそよそしい、気味の悪い」などの意味があるといわれる、旅人にはおどろおどろしい峠であったのかもしれない。現在は、「日本ラインうぬまの森」として整備された敷地を中山道が通る。公園を入ったすぐのところに、うとう峠の一里塚跡碑がおかれている。
うとう峠の眼下に広がる木曽川沿いには、日本初の女優として知られる川上貞奴が、終の棲家として建てた別荘、晩松園がある。その北にある貞照寺は、貞奴が私財を投じて建立した寺院。境内の一角には貞奴のねむる霊廟がひっそりとたたずんでいる。


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  • 旧尾州領傍示石

    尾州領傍示石

  • 旧尾州領傍示石

    尾州領傍示石

  • 高札場(レプリカ)

    高札場(レプリカ)

  • 旧前方にうとう峠が見える

    前方にうとう峠が見える

  • うとう峠

    前うとう峠

  • うとう峠

    前うとう峠

  • 旧うとう峠

    うとう峠

  • 旧うとう峠の一里塚

    うとう峠の一里塚

  • 旧うとう峠

    うとう峠

  • 旧うとう峠

    うとう峠

  • 旧川上貞奴の菩提寺 貞照寺 背後の山をうとう峠が走る

    川上貞奴の菩提寺 貞照寺 背後の山をうとう峠が走る

  • 旧川上貞奴の墓

    川上貞奴の墓

  • 旧うとう峠出口付近

    うとう峠出口付近

  • 旧うとう峠出口付近

    うとう峠出口付近

*記述にかんしては、各務原市教育委員会制作の案内板を参考に記載しました。また、記述の訂正等に関しては、各務原市歴史民俗資料館のご協力を得て 修整いたしました。

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