名古屋栄140年の変遷

【動画】名古屋栄周辺140年の変遷

明治維新までは名古屋の政務は名古屋城で行われたいたため、名古屋城南側付近に官庁や商業施設がおかれました。明治19年(1887)に東海道線の名古屋停車場が笹島に開業、広小路が駅まで延伸されると、名古屋の中心が栄町地区に移ってゆきました。市役所、県庁などの官庁や商業会議所などが栄町周辺に 移動、路面電車も広小路を走るようになり、明治時代末には、移転した市役所の跡に名古屋で初めての3階建ての百貨店、いとう呉服店が茶屋町から移転されました。

大正時代に入ると周辺町村の名古屋市への編入があいつぎ、大正時代10年頃には、市域面積は東京市の2倍、人口は60万を超え東京・大阪につぐ全国第3位の大都市になりました。大正天皇が崩御され、昭和時代に入っても人口の増加は続き、昭和9年(1934)には、100万人を突破することになりました。栄町周辺は、名古屋の商業、娯楽の拠点として繁栄し広小路沿いには近代的なビルが軒を連ねました。しかし、第二次世界大戦末期の空襲により、名古屋の中心部は壊滅的な打撃を受け、栄町周辺では松坂屋の建物が、わずかに残ったのみとなりました。
昭和20年代の末になって、戦後の復興も軌道に のり日本で始めての電波塔、名古屋テレビ塔も完成しました。以後も現在に至るまで、栄地区は、名古屋を代表する、商業、娯楽の中心として機能しています。

名古屋の歴史・文化・観光 施設と歩み
映像で綴る名古屋の400年
名古屋駅120年の歩み
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名古屋栄140年の変遷
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地図

栄地区周辺の変遷

  •  明治10年(1877)頃の名古屋

    明治10年(1877)頃の名古屋

  •  明治10年(1877)頃の栄町(現在の栄)周辺

    明治10年(1877)頃の栄町(現在の栄)周辺

  • 南久屋町時代の愛知県庁(1877~1900年)

    南久屋町時代の愛知県庁(1877~1900年)

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  •  明治20年(1887)頃の栄町(現在の栄)周辺

    明治20年(1887)頃の栄町(現在の栄)周辺

  •  名古屋区役所(のちの市役所)

    名古屋区役所(のちの市役所)

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  •  現在の栄交差点周辺

    現在の栄交差点周辺

  •  名古屋商業会議所

    名古屋商業会議所

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  •  現在の久屋大通(画面中央左が名古屋商業会議所)

    現在の久屋大通(画面中央左が名古屋商業会議所)/p>

  • 日本銀行名古屋支店

    日本銀行名古屋支店

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    説明/p>

  •  明治43年(1910)頃の栄町(現在の栄)周辺

    明治43年(1910)頃の栄町(現在の栄)周辺

  •  官庁街-市役所、県庁議事堂

    官庁街-市役所、県庁議事堂

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  • 移転後の名古屋市役所前

    移転後の名古屋市役所前

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  •  中区役所(市役所跡地) 

    中区役所(市役所跡地)

  •  南武平町に移転した愛知県庁

    南武平町に移転した愛知県庁

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  • 県庁前のロータリーとチンチン電車

    県庁前のロータリーとチンチン電車

  •  市役所跡に建設中の(株)いとう呉服店

    市役所跡に建設中の(株)いとう呉服店

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  •  中央バザール

    中央バザール

  •  中央バザールの内部

    中央バザールの内部

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  •  栄町交差点(大正時代末)

    栄町交差点(大正時代末)

  •  いとう呉服店前

    いとう呉服店前

  •  昭和時代(1926-1989)初頭の広小路と十一屋百貨

    昭和時代(1926-1989)初頭の広小路と十一屋百貨

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  •  昭和時代初期の東邦ガス本部営業所と松坂屋

    昭和時代初期の東邦ガス本部営業所と松坂屋

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  •   現在の風景(大津通)

    現在の風景(大津通)

  •  焼土と化した栄町周辺

    焼土と化した栄町周辺

  •  焼け残った松坂屋

    焼け残った松坂屋

  •  昭和20年代末の栄町交差点

    昭和20年代末の栄町交差点

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  •  昭和29年(1954)に完成した名古屋テレビ塔

    昭和29年(1954)に完成した名古屋テレビ塔

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  •  昭和20年代末の栄町交差点(画面左新築された丸栄百貨店)

    昭和20年代末の栄町交差点(画面左新築された丸栄百貨店)

  •  昭和33年(1958)頃の地図

    昭和33年(1958)頃の地図

  •  昭和34年(1959)頃の広小路と丸栄百貨店

    昭和34年(1959)頃の広小路と丸栄百貨店

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  •  昭和30年代中頃の久屋大通公園

    昭和30年代中頃の久屋大通公園

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広小路の変遷

江戸時代に堀切筋を拡幅して作られた広小路は、長者町から久屋町まででした。その後、東海道線の名古屋停車場が笹島に開業すると、名古屋駅まで延長されました。そして明治時代も半ばを過ぎた頃、中央線の千種駅開業に向け県庁を移転して千種まで延長されました。その後も市電の路線延長にあわせ東西に延びてゆきました。現在では、名古屋市内を東西に通る基幹道路として活用されています。特に、西の堀川から久屋町にかけての広小路は、大正、昭和時代に入ってもその沿線には、銀行や商業施設の高層ビルが並び「広ぶら」の名で呼ばれたように名古屋の代表的な繁華街となりました。戦後、地下鉄の開通にともなって地下街ができ、かっての人通りはなくなりましたが、現在でも銀行や大企業のビルとともに様々な商業施設が軒をつらねています

  •  明治10年(1877)頃の広小路本町周辺

    明治10年(1877)頃の広小路本町周辺

  •  名古屋郵便局と名古屋電信局

    名古屋郵便局と名古屋電信局

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  •  名古屋郵便局-明治20年(1887)に移転新築

    名古屋郵便局-明治20年(1887)に移転新築

  •  御園座こけら落とし明治29年(1896)

    御園座こけら落とし明治29年(1896)

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  •  日露戦争戦勝記念広小路凱旋門-明治38(1905) 

    日露戦争戦勝記念広小路凱旋門-明治38(1905)

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  •  御大典奉祝記念凱旋門-広小路本町

    御大典奉祝記念凱旋門-広小路本町

  •  昭和初頭の広小路-村瀬銀行、名古屋銀行愛国生命ビル

    昭和初頭の広小路-村瀬銀行、名古屋銀行愛国生命ビル

  •  広小路名古屋ホテル(改築後の写真)明治28年(1895)開業

    広小路名古屋ホテル(改築後の写真)明治28年(1895)開業

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  •  (株)名古屋観光ホテル昭和9年(1934)発足

    (株)名古屋観光ホテル昭和9年(1934)発足

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