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掲載されている文章は、海の博物館のウエブサイトの説明文を転載しています。
海の博物館は、「海民(かいみん)」と呼ばれる漁師さん・船乗り・海女そして海辺に住む人が、海と親しく付き合ってきた歴史と現在、さらに未来をみなさまに伝える『海と人間』の博物館です。
資料
「まず資料ありき」を海の博物館は、博物館活動の基本においています。平成27年3月現在、実物資料の所蔵点数は約60,000点(件)。資料分類目録で見られるように、民俗資料が大半を占めており、うち6,879点の国指定重要有形民俗文化財を含んでいます。資料収集範囲は原則として、三重県の海に面した市町村、中でも漁村に重点をおいていますが、「船」「海女」などに関しては、国内はもとより海外にも資料を求めています。
海の博物館では、資料収集にあたって資料に対する偏見を最小限にするよう「どんなモノでも集める」ことを心がけています。
コンセプト
海民の伝統
3万キロの海岸線を有する本土と6千余の島々からなる、太平洋の離島である日本列島。そこに長い歴史と伝統を重ねながら住む人々は、海に生きる海民である。
海民の信仰と祭り
大漁と海上安全を願う海の祭りは三重の1000キロの海岸線生き生きとした姿で見られる。海に生きる人々は、自然なる海のあらゆる事象に、八百万の神様が宿っていると信じて、畏敬の念をもって神々を祀っている。
伊勢湾と漁
伊勢湾は豊かな漁場だった。2130平方キロメートルの広さを有する日本最大の伊勢湾には、基礎三川の豊かな水が森林から栄養分を運び込み、藻場を育て、魚介類を育てた。だから往古から、多くの漁師が暮らしを立ててきたのだが。今は衰亡の危機にある。
志摩・熊野の漁
伊勢湾は豊かな漁場だった。2130平方キロメートルの広さを有する日本最大の伊勢湾には、基礎三川の豊かな水が森林から栄養分を運び込み、藻場を育て、魚介類を育てた。だから往古から、多くの漁師が暮らしを立ててきたのだが。今は衰亡の危機にある。
志摩の海女
志摩半島には、約761人(2014年海の博物館調査)の海女が今も健在である。アワビ・サザエ・ナマコ・海藻をとる、女性の素潜り漁は、済州島を中心とした韓国と日本しかない。「海女文化」をユネスコ世界文化遺産に登録する運動が始まっている。
海の汚染SOS
高度経済成長の下で、モノの豊かな暮らしを得たが、「公害」を引き起こし、陸上でも海でも、多くの人間と無数の生きものの命が奪われた。
木造船と航海
50年前、日本の漁船はすべて木造船だった。日本列島に2万人以上いた船大工さんが、スギの木を船体に、ヒノキ、マツ、カシ、ケヤキなどで補って漁師さんが使いやすい、丈夫で早く走る船を造っていましたが、いまは、FRP、エンジン、電子機器をそなえた船に変わって船大工はわずかしかいなくなった。