志賀の源吉
東志賀村の百姓、源吉は今日も川にきて石を探しています。
石はさまざまな表情をしています。丸い石、四角い石、長い石、かたちだけでもいろいろな種類があります。青い石、赤い石、白い石、色もさまざまな種類があります。
源吉は、気に入った石を見つけると袋の中に入れます。
「源吉さ、今日も石ひろいか、何か変わった石でも見つけることができたかの」 土手の上から大きな声で、同じ村の喜兵衛が声をかけながら川原におりてきました。
「うん、あまり変わった珍しい石はなかったわ」と言って源吉は袋をあけて喜兵衛に見せました。
喜兵衛は袋の中を見て驚きました。川に転がっている石は、なんでもない、同じような形をした石ばかりだと思っていました。源吉の見つけた石は、それぞれおもしろいのです。じっと見ていてもあきないのです。
どこが面白いか説明をせよといわれても困りますが、とにかく人をひきつけて離さない魅力があります。
「石は、不思議なものだ。奥の深い魅力をもつものだ」喜兵衛は感心したように言いました。
仲のよい喜兵衛いがいの村の人は、源吉のことを変わり者として相手にしません。変わり者どころか、気がふれたのではないかとかげ口をしている人もいます。
百姓の手が少しでもあくと川にでかけて、石をもくもくとひろっている。家のことは女房の菊にぜんぶまかせている。まかせているというより源吉は百姓と石ひろいのほかは何もできないのです。
源吉は、村の人から変わりものといわれても仕方がないような生活をしていました。
庭には、源吉の集めてきた石がごろごろ転がっています。家の中にも小さな石が所せましと並んでいます。
源吉は、ひまさえあれば、あかるいうちは川にでかけて石ひろい、夜ともなるとあきることなく石を布で洗ったり、みがいたりしていました。
女房の菊は、そんな風変わりな源吉を大切にしていました。ひとつのことに夢中になり、石をみがいている源吉の姿は菊にはとてもりっぱですてきな人にみえました。
菊は、源吉に好きなことを好きなだけさせて、すこしもぐちを言ったり、なげいたりしませんでした。
源吉のうわさを聞いてお侍さんが志賀の村にやってきました。
「床の間において、石をかざりたい、珍しい石をゆずってくれ」と言いました。
「わしの石は売りものではない、わしが楽しみで集めたものだ」源吉はあっさりとことわりました。
うわさを聞きつけて、庭石にしたい、飾り物にしたいと多くの人が源吉の家をたずねてきます。源吉の石はすばらしいという評判がたかまるにつれて、法外なねだんで売ってくれと頼みにくる人もいました。
しかし、源吉は一つも売りませんでした。
源吉が亡くなった後、菊の所に石を買いたいと多くの人が言ってきました。
「石には、あの人のこころがこもっています。石を売ることは、あの人を売ることです」と言って、菊はすべてことわりました。
菊の亡くなった後も、息子は両親の気持ちを大事にして、石を守って手離すことはありませんでした。
源吉の孫は、生まれついてのなまけ者で、自分の代になると石を全部売ってしまいました。
安栄寺には、源吉を慕う人たちによって建てられた石碑があります。正面に「金牛岡(きんぎゅうこう)」と書かれ、背面には「智者は山を愛し 仁者は山を楽しむ 此翁の喜ぶこころは水にあらず山にあらず 曽て聞く大伯化して石に成る 旧に依って 流落して人間にあり」と漢文で刻まれています。
地図
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