神守宿周辺
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津島市に入るとすぐに神守の一里塚がある。佐屋街道には五女子、岩塚、千音寺、神守、埋田と5ヶ所の一里塚があったが現存する唯一の一里塚。一里塚を過ぎ神守町下町を右手に曲がり神守宿へ入る。 神守宿は万場宿と佐屋宿との間が長かったため、正保4年(1647)に「神守の宿」がつくられた。
神守宿下町から枡形まで左手に養源寺を見て進む。枡形の右手にある憶感神社(おっかんじんじゃ)は 『延喜式神名帳』にも記載されている由緒ある古社。この神社を中心に宿屋・商家が立ち並んでいた。 神社の隣にある憶感山吉祥寺(眞言宗)は、憶感神社の別当といい、江戸期は社僧が奉仕したという。 境内には六角堂が建立されている。 枡形を左手に折れ本陣や問屋場跡を通り穂歳神社(ほうとしじんじゃ)を過ぎ神守宿を出る。
佐屋街道は西へ伸びる。日光川をわたり佐屋街道・津島街道埋田追分まで来る。 ここには津島神社の一の鳥居があり、津島神社へ向かう街道と佐屋街道との追分であった。 尾張名所図会にも描かれている。佐屋街道を南へ下り愛西市へ向かう。
佐屋街道・津島別道追分付近
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