東海道 二川宿 - Network2010

東海道

二川宿

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二川宿

二川宿周辺地図(黄線が東海道)二川宿周辺地図(黄線が東海道)三河国最東端の宿場町である二川宿は、白須賀宿から約3km、東海道五十三次中33番目の宿場で町並みは約1.3㎞、本陣と脇本陣各1軒、家数合わせて306軒、人数1,289の小規模な宿場でありました。

妙泉寺

妙泉寺 解説妙泉寺 解説芭蕉句碑「紫陽花塚」芭蕉句碑「紫陽花塚」日蓮宗の寺院 妙泉寺日蓮宗の寺院 妙泉寺東海道線を超え約200m二川宿の入口にある参道を100mほど行ったところに日蓮宗の妙泉寺があります。
境内には、芭蕉句碑「紫陽花塚」があり「あちさゐや藪を小庭の別坐敷」の俳句がきざまれています。

東駒屋

東駒屋東駒屋参道を東海道に戻り西に約100m進むと,右側に商家の東駒屋が見えます。江戸時代から味噌・たまり醤油を造り、現在でも赤味噌を製造販売しています。

二川宿本陣

東駒屋から150m街道をゆくと左手に二川宿本陣が見えてきます。
文化4年(1807)から明治3年(1870)まで本陣職を勤めた馬場家の遺構で、現在は改修復元工事をされ、一般に公開されています。主屋・玄関棟・書院棟・土蔵等などがあり大名や公家など貴人の宿舎の様子を現代に伝えています。
滋賀県草津市の草津宿本陣田中家(国指定史跡)と並び現存する本陣の遺構として貴重な文化財で、豊橋市が管理しています。
とくに書院棟 上段の間は、大名等の貴人が休泊する部屋で、本陣の中で最も重要な部分でもありました。

二川宿本陣(資料館駐車場側より)二川宿本陣(資料館駐車場側より)

二川宿本陣(手前に表門)二川宿本陣(手前に表門)

本陣表門内部本陣表門内部

玄関と表門玄関と表門

主屋(板の間)主屋(板の間)

書院棟(座敷)書院棟(座敷)

書院棟(上段の間)書院棟(上段の間)

書院棟(上段の間)書院棟(上段の間)

書院棟(縁側)書院棟(縁側)

旅籠屋「清明屋」

本陣の東隣に建つ旅籠屋「清明屋」は江戸時代の旅籠の様子を再現しています。二川宿本陣の南裏手にある、二川宿本陣資料館は平成3年、二川宿ならびに近世の交通に関する資料を展示する資料館としてオープンしました。

清明屋外観清明屋外観

主屋(ミセの間)主屋(ミセの間)

主屋(ミセの間から奥座敷をのぞむ)主屋(ミセの間から奥座敷をのぞむ)

主屋(繋ぎの間・奥座敷)主屋(繋ぎの間・奥座敷)

旅籠屋の食事旅籠屋の食事

二川宿本陣資料館二川宿本陣資料館

二川本陣と旅籠清明屋
二川本陣と旅籠清明屋を映像でご覧下さい。

岩屋観音

山頂から二川宿をのぞむ山頂から二川宿をのぞむ山頂より二川宿を見守る岩屋観音山頂より二川宿を見守る岩屋観音二川宿本陣をでて約1.5km東海道を西に進むと火打ち坂が現れます。坂をのぼること約800m、宿場の西、二川宿を一望できる小高い山の山頂に岩屋観音が建っています。

東海道を往来する旅人に広く親しまれ信仰された観音様であったといわれています。残念ながら明和2年(1765)に建立された観音は、太平洋戦争で金属が不足したため軍に供出されなくなってしまいました。戦後、地元の住民の熱意もあって昭和25年(1950)に再建されました。
岩屋観音堂岩屋観音堂岩屋観音堂 解説岩屋観音堂 解説山の中腹には天平2年(730)行基によって開かれたと伝えられる岩屋観音堂があります。

動画

http://www.youtube.com/v/Oj2FG5ymzt8
東海道 二川宿
二川宿周辺を動画で紹介しています。