アーカイブス

  • 2012年4月10日

    昭和初期の名古屋「昭和12年頃の徳川園徳川園航空写真」

    徳川園は、二代目尾張藩主徳川光友公の隠居所として造営されたのが始まり。 二代目尾張藩主光友没後、成瀬、渡辺、石河ら家臣(尾張藩重臣)たちに分割して下屋敷の用地として渡された。 昭和6年(1931)、屋敷の部分を名古屋市に寄付さ...

  • 2012年4月10日

    明治時代の名古屋「名古屋測候所(武平町)」

    明治23年(1890)、名古屋市南武平町二丁目に県の機関、名古屋一等測候所として創立された。 明治35年(1902)に愛知県測候所に改称され、大正12年(1923)に東区田代町に移転された。 昭和13年(1938)に国の機関に...

  • 2012年4月10日

    明治時代の名古屋「愛知県庁 (南久屋町時代)」

    明治維新を迎えて名古屋城内の旧竹腰邸に県庁が置かれたが、名古屋鎮台設置のため東本願寺別院に移転され仮庁舎での執務が始まった。 新築移転の声があがり、明治10(1877)に広小路通の終点に庁舎が建築された。その後、中央線の開通により...

  • 2012年4月9日

    明治時代の名古屋「明倫中学校」

    寛延2年(1749)創立の尾張藩校「明倫堂」をルーツとする。 明治32年(1899)に私立明倫中学校設立認可、初代校主徳川義礼。 大正8年(1919)に愛知県に移管されて愛知県立明倫中学校と改称される。 戦後の昭和23年(1948...

  • 2012年4月9日

    明治時代の名古屋「江川洪水(明治27年6月13日)」

    江川洪水(明治27年6月13日)

  • 2012年4月9日

    明治時代の名古屋「名古屋米穀取引所(米屋町)」

    尾張藩の御米会所は、明治9年(1876)米商会所と改められ、明治26年(1893)には取引所法制定で(株)名古屋米穀取引所に改組された。 当初は、内屋敷町で営業していたが、日清戦争後の明治31年(1898)に那古野村字広井に移転、...

  • 2012年4月9日

    明治時代の名古屋「名古屋株式取引所」

    明治19年(1886)に名古屋株式取引所設立、解散後の明治26年(1893)、株式会社名古屋株式取引所設立。 昭和3年(1928)、現在地(中区栄三丁目8番20号)に移転する。

  • 2012年4月9日

    明治時代の名古屋「名古屋裁判所」

    明治14年(1881)に名古屋控訴裁判所が開所。明治19年(1886)に名古屋控訴院に改称。名古屋城の南、外堀通と本町通 の交差する、西側の角地にあった。大正11年(1922)、現在の市政資料館(名古屋市東区主税町)に移転。現在...

  • 2012年4月7日

    明治時代の名古屋「帝室林野管理局名古屋支局」

    明治18年(1885)に設置された宮内省御料局は、明治41年(1908)に独立し帝室林野管理局となり御料林の管理にあたった。

  • 2012年4月7日

    明治時代の名古屋「日本陶器合名会社」

    明治37年(1904)、森村市左衛門が日本陶器合名会社を創業。現 名古屋市西区則武新町に工場を建設した。 日本で初めて高級洋食器を生産し、明治時代から戦前にかけて陶器商社の森村組の手で欧米に大量に輸出された。 「ノリタケチャイナ」...