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これまで計3回にわたり「あいちトリエンナーレこぼれ話」を連載してきました。改めて、あいちトリエンナーレにまつわるエピソードを中心にこれまでを簡単に振り返ってみましょう。
愛知芸術文化センターの活用が政治課題となり、愛知万博の成功や経済情勢の好転で新たな地域づくりが模索されます。そうしたなか、有識者会議でビエンナーレ開催が提言されます。その提言を受けた神田真秋知事(当時)のリーダーシップであいちトリエンナーレ開催が決定されました。長者町地区では、あいちトリエンナーレ開催が地域づくりの起爆剤となりました。
KOSUGE1-16が制作した山車の練り歩きを事業者らが毎年継続し、若者らのグループがアートやまちに関わる活動を継続していきます。また、あいちトリエンナーレ2013でも引き続き長者町地区が会場となったことで地区の勢いはとどまりません。閉幕後、いくつかの新たなグループが地区内外を問わず活動を始めています。
最終回では、こうした長者町区内外のコミュニティが今夏一堂に会し、長者町大縁会を開催したこと、こうした実態を踏まえ、「あいちトリエンナーレは何を目指すのか」を考えていきます。
長者町大縁会
長者町大縁会は、あいちトリエンナーレ2010閉幕後、
昨年度は、のど自慢大会、「怪しい路地裏」と称してスナック街・失恋レストランなどグループを問わず協働で考えた企画も見られました。
長者町大縁会を「大宴会」でなく「大縁会」とした趣旨を改めて問い直し、垣根を払い、皆で何かを作り上げることを再確認したのだといいます。共有したキャッチフレーズ・テーマが「いらっしゃい長者町」・「昭和」でした。若者ら・長者町に関わる関係者ら約200人が一堂に会し、歌い・踊り・飲むこれまでになく一体感を感じる場となったのです。
そして、2014年8月、「真夏の長者町大縁会2014」が開催されました。長者町地区内外で新たにコミュニティが次々と生まれる状況で、そうしたコミュニティも参加しました。
その準備や開催の様子を振り返りましょう。
2014年1月から長者町ゼミが中心になり、月1回のミーティングを開催していきます。テーマは、「来てよ長者町」に決まります。
4月からは、新たなコミュニティにも声掛けがなされ、隔週でミーティングを開催し、準備を進めます。あいちトリエンナーレの開催年でないこともあり、財政的にも人的にも規模が縮小され、昨年とは同じモチベーションで取り組めない事情もありました。また、新たなコミュニティが加わったことで、「皆で何かを作り上げよう」という長者町大縁会の趣旨が共有されずに、役割が一部に偏る場面も散見されました。
それでも、後で紹介するように、約10余りのグループの出展が決まり、8月8日(金)9日(土)いよいよ本番を迎えました。台風11号の接近で両日とも雨に降られるなか、延300名の人出となりました。
あいちトリエンナーレ2013に出展したことをきっかけに「長者町音頭」を作詞したアーティスト菅沼朋香が昨年に引き続き参加し、盆踊りも開催します。
また、昨年同様、ベニヤ板を組み立てて、路地裏を再現し、スナック街・失恋レストラン・カルタ展示・グルメは参加グループ協働で企画を実現しました。様々なグループが参加したことで、スナック街はブースが増え、失恋レストランも演目が充実しました。
一方、個別の企画も充実したものとなりました。 従来のグループから紹介すると、長者町まちなかアート発展計画が、JAZZ&POPSの生演奏を行う「おひるま縁奏会」を開催し、地元のビールレストランと提携し「長者町大縁会」オリジナルビールを販売しました。
また、閉鎖されたアートラボあいちのメンバーが「持ち込みスナックラボ」をスナック街に出店しました。
新たなグループの企画も紹介しましょう。
一つめに「サンパツ屋」です。「ムービーの輪」は、あいちトリエンナーレ2013で特撮映画スタジオ「STUDIO TUBE」を架空で作ったことをなぞらえ、今回はスナック街に「散髪屋」という表看板を掲げました。実際は、3人のメンバーが「一発屋」「二発屋」「三発屋」と称して、それぞれがこれまでの活動を報告する展示・即興パフォーマンス・バーの出店を行います。「散髪屋」と「三発屋」をかけたのです。
二つめに「シェアハウスAMR」です。アーティストユニットAMRがデザイン事務所[ kapsel ]とコラボで、共同アトリエの出張小屋を自前で制作します。その広さは約10平方メートルで、高さが3メートル強ありました。1日目は男性アーティストがホストになりホストクラブを出店し、2日目は、小物やTシャツなどアートクラフト市を開催しました。
関連リンク:シェアハウスAMR|Facebook
三つめに「IMAカフェ」です。人ひとり入れるほどの段ボール箱に様々なチラシを貼り付け、「IMAカフェたん」と称して、その箱を身にまとい、会場内に出没しました。一躍会場内の人気者となり、あいちトリエンナーレやアートを語る空間を作り出しました。
この三つ以外にも様々なグループが企画を実現しました。「
そして、今回は必ずしもアートに関わらないグループも幅広く参加しました。児童虐待防止の啓蒙活動を行っている「ハーレーサンタCLUB」が「スナックハレサン」をスナック街に出店します。また、長者町地区界隈の24時間年中無休保育所の子どもたちが「失恋レストラン」の演目でAKB48の「恋するフォーチュンクッキー」などを謳い踊る姿も見られました。
真夏の長者町大縁会2014には、長者町地区内外で次々と発生するコミュニティの多くが出展しました。そして、それぞれの出店では、顔は知らないもの同士が、もしくは、顔は知っていても話したことのないもの同士が自ずと意気投合し、まさに、これらのコミュニティを繋ぐ場となったのでした。
あいちトリエンナーレは何を目指すのか
さて、本連載の最後に、長者町地区内外でコミュニティが次々と発生する状況を踏まえ、あいちトリエンナーレは何を目指すのかを考えていきましょう。
あいちトリエンナーレでは毎回芸術監督がテーマを決めます。あいちトリエンナーレ2016では、湊千尋芸術監督が「虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅」と決めました。それとは別に、あいちトリエンナーレをなぜ開催するのかについて、継続的な政策の理念・使命が必要です。開催当初からあいちトリエンナーレにはそうした目的が定められています。以下の三つです。
- 世界の文化芸術の発展に貢献
- 文化芸術の日常生活への浸透
- 地域の魅力の向上
あいちトリエンナーレ実行委員会の運営会議資料に拠れば、来場者数や来場者の満足度をもってその目的が達成されたとしているようです。しかし、やや説得力を欠きます。例えば、トリエンナーレを鑑賞したとしても、その後数十万人の観客の大半は現代アートを始めとした芸術文化に関わることのない日常を過ごすと思われるからです。
むしろ、県民にも分かり易い、誰もが納得する具体的な効果に着目する必要があります。これまでお話ししてきたように、長者町では事業者らが自発的活動を継続し、若者らのコミュニティが次々と発生したという具体的効果が生じています。また、トリエンナーレが終わっても県民が自発的活動を継続してこそ、文化芸術が日常生活に浸透したといえるのではないでしょうか。
一方、話は変わりますが、札幌国際芸術祭2014では、
関連リンク:札幌国際芸術祭|そらち炭鉱の記憶アートプロジェクト2014
ちなみに、あいちトリエンナーレでも、
また、規模感による求心力・起爆力と相まって、人々の自発性や地域の課題に働きかけることによる具体的効果は、小規模の地域プロジェクトよりもトリエンナーレでは容易に生じやすいと考えています。
以上から、長者町地区内外を問わず、人々の自発性や地域の課題に働きかけることで、こうした具体的効果を積み重ねていくことが必要だと考えます。
もちろん、愛知芸術文化センターや名古屋市美術館での展開を否定するつもりはありません。愛知芸術文化センターなどの展開で世界の文化芸術の発展に貢献することがあっていいと思います。
ただ、1回や2回のトリエンナーレでそうした目的が達成できたとする点に無理があるのです。むしろ波及効果として位置付け、少なくとも10年、通常は20年か30年、もっといえば50年100年のスパンで考えるべきです。しかし、それ以前にあいちトリエンナーレが淘汰されてしまうことを危惧しています。日本では、トリエンナーレを始めとした芸術祭(国際展)が各地で開催され、均質化・陳腐化を憂う声が少なくないからです。だからこそ、具体的効果を積み重ねることが必要なのです。
こうした具体的な効果を積み重ねることは、入場者減・経済情勢・首長の交替などあいちトリエンナーレが縮小・廃止の危機にさらされた際の説得力になると考えます。また、人々の自発性や地域の課題に働きかけ、多様な主体を巻き込み、地域課題に結びつけていくことが、県民の支持を広げることにつながります。
最後に、本連載の結論です。主体の多様性を確保し、地域課題に結びつけローカルな展開をしていくことが、あいちトリエンナーレが目指す一つの道筋だと考えます。その道筋は同時に、芸術祭の均質化・陳腐化を克復する処方箋ともなるのではないでしょうか。
- 連載:吉田隆之の「あいちトリエンナーレこぼれ話」
- 第1回「長者町に根付いたアート山車」
- 第2回「長者町の『風』となった若者達」
- 第3回「参加して楽しもう!トリエンナーレ」
- 第4回「あいちトリエンナーレは何を目指すのか」
関連書籍「トリエンナーレはなにをめざすのか:都市型芸術祭の意義と展望」
- 著者:吉田隆之
- A5判並製 304頁
- 本体 3,000 円+ 税
内容紹介
あいちトリエンナーレ。この10億円以上の税金を使う大がかりなアートプロジェクトの方向性は正しいのか。横浜や神戸のように都市 型芸術祭を創造都市政策上に位置づけたからといって、必ずしも継続性が担保されるわけではない。このような文化事業は首長の交替や経 済情勢などにより容易に政策転換されてしまう可能性がある。
著者は愛知県職員として、2009年からあいちトリエンナーレの隣接都市空間の展開と企画コンペを担当。メーン会場となった名古屋市中区長者町地区では、トリエンナーレをきっかけに地区内外で若者らの コミュニティが次々と生まれ、その数、自発性、変容のスピード感などが、他のアートプロジェクトに比べ半歩抜きん出ているように思われた。 その一方であいちトリエンナーレ開催後、札幌市・さいたま市・ 京都市など多くの都市型芸術祭が新たに開催・計画されたが、これらの国際展に対して均質化・陳腐化が指摘されている。
本書は、長者町地区で起きた地域コミュニティ形成の面での効果と「トリエンナーレが何を目指すのか」、ひいては都市型芸術祭の今後の方向性に焦点を当て、その意義と継続の道筋を示す。