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前回までに、あいちトリエンナーレ2010をきっかけに長者町地区で、事業者らが山車の練り歩きを毎年継続していること、若者らのグループがアートやまちに関わる活動を継続していることをお伝えしました。 あいちトリエンナーレ2013でも引き続き長者町地区が会場となったことで地区の勢いはとどまりません。閉幕後、いくつかの新たなグループが地区内外を問わず活動を始めました。今回は、二人のキーパーソンを軸に、そうした活動を紹介していきます。
ムービーの輪
一人目は、山口明子です。
彼女は、Nadegata Instant Party(中崎透+山城大督+野田智子)の《STUDIO TUBE》の制作のサポートに一市民として参加しました。きっかけは、あいちトリエンナーレ2013開幕前の5月に知人からもらった一枚のチラシでした。そのチラシを見て、説明会に参加します。
説明会といっても、Nadegata Instant Partyのこれまでの活動の紹介に時間の大半が割かれました。今回の作品については、あくまで「みんなの意見を聞きながら考えていきたい」というスタンスでした。「閉鎖された中部電力開閉所を使い、建物の周囲に巡らしたレール上を撮影カメラが走る」「怪獣が長者町を暴れる」などの特撮映像を作りたいという程度の話しかありません。こうした説明会が計3回開かれ、約130名が参加します。
山口は、ちらしや説明会から「何でもやっていいんだ」という自由な雰囲気を感じたといいます。そうした雰囲気にも惹かれ、積極的に《STUDIO TUBE》の制作に関わっていきます。彼女以外にも、説明会の参加者の多くが制作に協力し、クルーと呼ばれました。
ただ、山口は奇想天外なプランが本当に不安だったそうです。彼女以外の参加者の誰しもが「こんな架空の設定が短期間でできるのか」と半信半疑でした。それでも、1)特撮映画スタジオが閉鎖されるにあたって、オープンスタジオを開催する、2)これまで撮影した主な映画をダイジェストで紹介するという全体の構成がおぼろげながら出来上がっていきます。
そして、オープニングまで一ヶ月を切り、「いざ(本格的に)作るという現実が始まると、(大道具・小道具の制作、衣装づくりなど)みんな作業に没頭していった」といいます。中崎(Nadegata Instant Party)の知人の画家の今井俊介や、大工仕事が得意なクルーが中心になって、約1ヶ月かけ建物の周囲に木製のレーンも作られました。
実は、何を隠そうこの私も、《STUDIO TUBE》の制作に参加し、映画の主人公の一人として活躍しました。
そして、建物を巡る回廊には7本の映画のダイジェスト版や小道具が配置されます。こうして、「かつて中部地方の映画産業を支えた特撮スタジオ『STUDIO TUBE』が閉鎖されるにあたり、最後にオープンスタジオを開催する」という架空の大仕掛けが作られたのです。
関連リンク:あいちトリエンナーレ2013 長者町エリア : Network2010.org
さて、あいちトリエンナーレ2013では、《STUDIO TUBE》以外にも多数のボランティアが作品制作に協力しました。多くは、作品が完成すると、その後ボランティアらが顔を合わせることはありません。しかしながら、《STUDIO TUBE》に関わったメンバーは活動を継続していきます。何があったのでしょうか。
開幕を間近にした7月末、「終わったら燃え尽き症候群になるのでは」と冗談めかした声もいくつか出ていました。そうしたなか、山口が作業中に発した「このあとどうするの」という言葉が、一つのきっかけとなります。また、山城(Nadegata Instant Party)らから「我々の了解をとらずにやりたいことをやってください」と度々言われ、大道具や小道具の制作、映像の出演、食事のまかないなど様々なことを自分たちでやってきた自負もありました。「終わってからも自分たちで何かできるかも」という前向きな気持ちを皆で共有しつつあったのです。そうした皆の気持ちを汲み、山口がそれとなく、山城に相談しました。その結果、皆の負担とならないよう「映画鑑賞会」を実現しようというアイデアが思い浮かんだのです。
早速11月には、山城をコーディネーターに迎え、第1回映画鑑賞会を開催します。その後も、山口らが中心となって、長者町地区などで月1回程度約30人~40人が集まり、映画&映像鑑賞会「ムービーの輪」を開催していきます。
関連リンク:ムービーの輪 | Facebook
そして、2014年度に入ると、「ムービーの輪」のPRを目的としたプロモーションビデオを制作しました。今後も、映画鑑賞会や動画コンテストの開催など、映像にまつわるアートと人をつなぐ輪を広げていこうとしています。
名古屋スリバチ学会
二人目は、ガイドボランティアに参加していた古橋和佳です。
彼は、「横浜トリエンナーレサポーターのように、あいちトリエンナーレ2010で生まれたサポーターズクラブをオフィシャルな組織として愛知県が動かしてほしい」と思っていました。
そうした思いを、ガイドボランティアの育成に関わっていた菊池宏子(あいちトリエンナーレ2013 コミュニティデザイナー)にぶつけます。すると、「オフィシャルな組織が継続していくことよりも、自分たちの発意で小グループを作りそれが繋がっていくことが大切だ」と菊池から示唆されたそうです。
また、菊池を始めとしたキュレーター・広報らが、アーティスト支援を目的に、「半熟女バー」を非公式イベントして数回企画しました。彼女ら自ら、「ビジターセンター&スタンドカフェ」で、ホステスを演じたのです。
それを見た古橋は「キュレーターの企画を受けるだけでなく、市民だって企画していいんだ」と刺激を受けたといいます。
時を同じくして、「せんだいスクール・オブ・デザイン」あいちトリエンナーレ分校が、会期中パブリックプログラムとして開催されます。そのワークショップ2の「環境軸」で、名古屋台地周辺の起伏を意識して歩く「名古屋凸凹地形探索」を行いました。
ちなみに、「せんだいスクール・オブ・デザイン」とは、東北大学の都市・建築学専攻がエンジンとなり、仙台市と連携して地域と連動する新しい教育プログラムです。
関連リンク:「せんだいスクール・オブ・デザイン」あいちトリエンナーレ分校ちらし(PDF)
この探索に参加したメンバーが中心になり、終了後「名古屋スリバチ学会(準備会)」を立ち上げます。古橋にとって、菊池からの示唆や刺激がきっかけになりました。2ヶ月に1回程度名古屋の地形や建築物の探索を継続していきます。
そして、半年間の準備を経て、建築・食文化など様々なジャンルの人たちを巻き込んだ世話人会を立ち上げ、2014年4月27日(日)には「名古屋スリバチ学会」を設立しました。設立後は、ほぼ毎月1回のペースで探索ツアーを実施し、5月は名古屋の下町「黄金町」を訪ね、6月は旧尾西市の「のこぎり屋根の工場」を見学しました。
毎回30~50人程度が参加し、年齢層は幅広く、特に、若い人が多いのが特徴です。会の今後について古橋は、「建築学や考現学の専門家や様々な団体と関わり、たとえば、登録有形文化財シリーズなどフィールドワークの形をさらに発展させていきたい」と語っています。
関連リンク:名古屋スリバチ学会 | Facebook
芸術祭の行方と小さなコミュニティの今後
ここまでで、二人のキーパーソンを軸に、市民があいちトリエンナーレに参加し、かつ、楽しみ、閉幕後も、グループの活動を継続させていることをお話ししました。こうした小さなコミュニティは、新潟市や神戸市など他の芸術祭でも生まれています。
さて、ここで、小さなコミュニティが生まれるきっかけとなった数億円規模の芸術祭について、概括的に触れておきたいと思います。国際展とも称される芸術祭が、20の政令指定都市のうち8市を会場として開催され、もしくは予定されています(2014年9月現在)。愛知県・新潟市・神戸市以外で既に開催しているのが横浜市・札幌市です。また、今後数年間で開催を計画しているのが京都市・さいたま市・大阪市です。
こうした芸術祭の流行に対して、規模を競うことに対する肥大化の批判があります。また、多くの芸術祭で同一作家の同内容の作品が展示される傾向があることから、陳腐化・均質化の批判も少なくありません。このままでは、遠くない将来に観客の多くに飽きられてしまのではないでしょうか。加えて、2、3年間隔で開催されるとはいえ、すべての芸術祭を見て回ることは金銭的にも時間的にも相当困難です。同一都市圏域外の観光客を多く見込むことが、益々難しくなってくると思われます。観客が減れば、芸術祭の多くが縮小・廃止されるのは必至です。
この点、古橋に影響を与えた菊池は、2013年11月6日毎日新聞のインタビューで「オフィシャルな団体でなく、小さな緩やかなコミュニティーを作るのが芸術祭を継続させるコツ」と提言しています。
関連リンク:MAINICHI芸術食堂:あいちトリエンナーレ2013評 アート通じ社会考え /愛知 毎日新聞 2013年11月06日 地方版
次回より詳しく説明したいと考えていますが、私も、芸術祭の流行を一過性に終わらせないためには、芸術祭をきっかけにできた小さなコミュニティを大きく育てていくことが一つの方向性だと思っています。芸術祭と接点を持ちながら市民がアートに関わっていくことが、その草の根の支持につながっていくと考えるからです。それゆえ、長者町地区内外で、小さなコミュニティが次々と生まれている状況に注目しています。
第4回目の最終回では、長者町地区内外のコミュニティが一堂に会し、「真夏の長者町大縁会2014」を開催したこと、そして、あいちトリエンナーレの今後の展望・ビジョンを提示したいと考えています。
- 連載:吉田隆之の「あいちトリエンナーレこぼれ話」
- 第1回「長者町に根付いたアート山車」
- 第2回「長者町の『風』となった若者達」
- 第3回「参加して楽しもう!トリエンナーレ」
- 第4回「あいちトリエンナーレは何を目指すのか」
関連書籍「トリエンナーレはなにをめざすのか:都市型芸術祭の意義と展望」
- 著者:吉田隆之
- A5判並製 304頁
- 本体 3,000 円+ 税
内容紹介
あいちトリエンナーレ。この10億円以上の税金を使う大がかりなアートプロジェクトの方向性は正しいのか。横浜や神戸のように都市 型芸術祭を創造都市政策上に位置づけたからといって、必ずしも継続性が担保されるわけではない。このような文化事業は首長の交替や経 済情勢などにより容易に政策転換されてしまう可能性がある。
著者は愛知県職員として、2009年からあいちトリエンナーレの隣接都市空間の展開と企画コンペを担当。メーン会場となった名古屋市中区長者町地区では、トリエンナーレをきっかけに地区内外で若者らの コミュニティが次々と生まれ、その数、自発性、変容のスピード感などが、他のアートプロジェクトに比べ半歩抜きん出ているように思われた。 その一方であいちトリエンナーレ開催後、札幌市・さいたま市・ 京都市など多くの都市型芸術祭が新たに開催・計画されたが、これらの国際展に対して均質化・陳腐化が指摘されている。
本書は、長者町地区で起きた地域コミュニティ形成の面での効果と「トリエンナーレが何を目指すのか」、ひいては都市型芸術祭の今後の方向性に焦点を当て、その意義と継続の道筋を示す。