子どもたちの歓声が聞える──天然プール
三階橋ポンプ所が建っている場所には、庄内川から取り入れ矢田川の下をくぐって流れてきた水を、庄内用水・黒川・御用水・志賀用水・上飯田用水などに分水するための大きな池があった。 石積みの護岸に囲まれ、庄内川から流れてきたきれいな白砂が水底に積もり、岸には松の老木もある。絶好の水泳場のこの池は「天然プール」と呼ばれ、遠くからもたくさんの子どもが自転車などに乗って泳ぎに集まった。
じりじりと照りつける日差しのもと、真っ黒に日焼けした子どもたちの歓声があがっている。 岸から飛び込む子、あざやかな抜き手で泳ぐ子、浮き輪につかまり年上の子からバタ足の仕方を教わっている小さな子。広い水面だが芋を洗うような混雑だ。
庄内用水へと続く三間樋の、ゲートと川底のすきまはとても流れが速い。潜ってこのすきまをくぐり抜け反対側に出るのは、大冒険。「やった、くぐり抜けたぞ。底のほうでは水がうずをまいて、ごーっと流れているんだ……」と自慢そうに話しているガキ大将もいる。ここでは何人もの子がくぐり損ねて亡くなっている。親からはきつく止められてきたはずだが、遊び始めたらそんなことは忘れている。
もう一つの冒険は、ここから矢田川の下にある伏越(水路トンネル)の中を泳いで対岸の守山区までゆくこと。長さは約百七十メートルもあり流れも速い。中央に進むほど暗くなってゆき、天井にはこうもりが不気味にぶらさがっている。泳ぎがうまいだけでなく肝もすわっていないと、とてもむこうの出口までゆけない。船が通るときに使う壁の鎖につかまって進む子もいる。笹竹を持ってきて天井のこうもりをさーと掃き、落ちてくるのを楽しんでいるいたずらっ子もいる。怖くなって引き返し「今年はだめだったけど、来年は大きくなってきっとお兄ちゃんのように泳げるようになるさ」と天然プールへ戻ってバチャバチャやっている子もいる。
岸にはよしずで囲った店がたくさん出ている。子どもたちは持ってきた少ない小遣いで、かき氷や水あめ、アイスキャンディ、駄菓子などを買うのが楽しみだ。脱いだ服や乗ってきた自転車を預かる店、貸しボート屋もある。海の家と同じようなにぎやかな風景が、昭和三十年代まで、ここでくり広げられていた。
庄内川の水質が悪くなるとともに泳ぐ子もいなくなり、昭和五十二年(一九七七)には、この地域の排水を強化する三階橋ポンプ所が造られることになった。永年子どもたちに親しまれてきた「天然プール」は姿を消し、今は昭和五十五年(一九八〇)に復元され名古屋市都市景観重要建築物に指定されている黒川樋門と、夫婦橋の近くに建つ「天然プールの碑」がかつてのにぎわいを伝えている。
地図
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