下街道 名古屋市

下街道(名古屋市~中山道大井宿)
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 国道19号線の一部となっている下街道

国道19号線の一部となっている下街道

起点から赤塚と周辺の寺院・史跡

京町通が国道19号と交わる南角に佐野屋辻の道標が立っている。 名古屋築城のころ、丹羽郡千秋村(現一宮市)の佐野からこの地に 移り住み営業を始めたという二軒の商店に由来しているという。
国道19号の西を平行するように下街道が通っている。相生町の枡形を過ぎ出来町通で街道は分断される。出来町通を越えたところが三箇所あった大木戸のひとつ、赤塚大木戸があった場所。そこを直角に曲がりいまは国道19号の一部となってしまった部分を渡る。
国道19号を渡ったところに赤塚神明社がある。元和2年(1616)に赤塚町、山口町周辺の人々が氏神として祀り、寛永5年(1628)、尾張藩祖徳川義直公が名古屋城下の発展に伴い根本的に再建しましたといわれている。
下街道の東側には、大小の寺院が点在する。
南から無量寿院、浄土宗。安政3年(1856)尾張藩戸山屋敷地内(現東京都新宿区)にあった尼寺の精林庵を、七代藩主宗春の菩提のためこの地に移したもの。
自然院、情妙寺、江戸時代の初期、清洲本正寺歴代等覚院日富上人を開祖に迎え、慶安2年(1649)に建立した。
建中寺は、慶安4年(1651)尾張二代藩主徳川光友が建立した尾州家代々の菩提寺。
徳源寺は、文禄元年(1592)織田信長の次男信雄が、徳源寺の前身である「清涼山宝泉寺」を開創したのが始まり。寛保4年(1744)現在地に移り、文久2年(1862)、雲水修行の専門道場が創建された。禅堂は戦禍から免れた創建当時の建物だ。


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  • 起点道標

    起点道標

  • 神明社赤塚交差点

    神明社赤塚交差点

  • 神明社

    神明社

  • 神明社説明

    神明社説明

  • 大木戸跡付近

    大木戸跡付近

  • 無量寿院

    無量寿院

  • 無量寿院解説

    無量寿院解説

  • 自然院

    自然院

  • 情妙寺

    情妙寺

  • 情妙寺解説

    情妙寺解説

  • 建中寺

    建中寺

  • 建中寺解説

    建中寺解説

  • 徳源寺

    徳源寺

  • 徳源寺解説

    徳源寺解説

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下街道周辺の江戸時代の地図(尾府全図をデジタルリメーク)

徳川園 大曽根

赤塚神明社から今度は国道19号を左手に見て、大曽根方向へ進む。
途中にある、了義院の境内には、芭蕉50回忌の寛保3年(1743)に、五条坊木児が 建立した碑があり、「有とあるたとへにも似ず三日の月」と「笈日記」と刻まれている。
その西隣にある関貞寺からの眺めは、『尾張名所図会』に名古屋三景の一つとして推奨されたほど素晴らしいものであったと伝えられる。
下街道を挟んだ北側にある国の登録有形文化財に指定されている老舗料亭「十州楼」もその昔、名古屋城はもとより遠く恵那山や御岳山を含む10の国が望めたところから十州楼という屋号がつけられた。
下街道から西に700mほどの所にある徳川園は、尾張藩二代藩主光友の隠居所として元禄8年(1695)造営されたもの。池泉回遊式の日本庭園は平成16年秋に往時を模して新築された。
また、敷地内には、徳川家康の遺品を中心に、 「大名道具」1万件余りを収める徳川美術館や尾張徳川家の旧蔵書を中心に和漢の優れた古典籍を所蔵する蓬左文庫などがあり人気を集めている。


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  • 徳川園入口門

    徳川園入口門

  • 池泉回遊式の徳川庭園

    池泉回遊式の徳川庭園

  • 冬の徳川庭園

    冬の徳川庭園

  • 徳川美術館旧館

    徳川美術館旧館

  • 徳川美術館新館

    徳川美術館新館

  • 蓬左文庫

    蓬左文庫

  • 関貞寺

    関貞寺

  • 了義院

    了義院

  • 了義院三日月塚

    了義院三日月塚

  • 三日月塚説明

    三日月塚説明

  • 十州楼

    十州楼

  • 大曽根

    大曽根

矢田川 庄内川

下街道は大曽根の商店街を通り山田町へと向かう。
街道から矢田川沿いに700mほど西南方向に行ったところに長母寺がある。小幡の豪族山田重忠は、信心篤く父母と兄を供養するために三つの寺を建立した。長母寺は治承三年(1179)母親を供養するために創建された。
山田重忠は承久の乱で官軍で活躍したが、戦いに敗れ自害。その後、山田道円坊夫妻が、七堂伽藍、塔頭を建てて、無住国師を開山としてむかえた。無住法師は、説話集の『沙石集』『雑談集』などを書いた臨済宗の僧。無住国師は没する正和元年(1312)まで50年間長母寺に住み多くの著述をなしている。
長母寺にある無住法師等身木像、無住国師の墨蹟は愛知県の重文に指定されている。長母寺はまた尾張万歳の発祥の地として知られている。
庄内川までくると名古屋市と春日井市の境界だ。江戸時代、秋末~冬には仮橋や浅瀬を歩き、春~秋には舟で勝川を渡った。小牧・長久手の戦いでは徳川家康の軍勢も勝川を渡り小幡城に入城したと伝えられる。


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  • 長母寺本堂

    長母寺本堂

  • 勝川

    勝川

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