沢井鈴一の「名古屋の町探索紀行」第8講 志賀の里 第8回「揚り戸古墓地」

揚り戸古墓地

志賀公園に隣接している揚り戸古墓地

志賀公園に隣接している揚り戸古墓地

尾州山田庄志賀郷と記されている安栄寺の六地蔵は、もともとはこの揚り戸の古墓地に昭和の初期まであったものである。揚り戸とは、小船などによって、物資を積みおろしする地のことである。志賀公園の東一帯は、かつて揚り戸と呼ばれ、船から荷揚げする地にふさわしく、付近の低湿地のなかではやや高い地にあった。

昭和四十四年(一九六九)に古墓地の中に地蔵堂が建立された。建物は、お堂というより集会所のような感じを与えるが、これは消防団の詰所としても使えるように建てられているからだ。地蔵堂も、付近の地よりは、若干高目の所に建っている。

揚り戸古墓地の地蔵堂

揚り戸古墓地の地蔵堂

古墓地の中には、文字が何百年もの風雪のために摩滅した墓もある。愛くるしい表情の元禄十四年七月七日と刻まれた地蔵尊の石仏もひっそりと立っている。

東海に弥生文化の花咲きぬ
西志賀人の揚り戸の郷

の記念碑も建立されている。

「東海に 弥生文化の花咲きぬ 西志賀人の 揚り戸の郷」の記念碑

「東海に 弥生文化の花咲きぬ 西志賀人の 揚り戸の郷」の記念碑

地蔵堂前に並ぶ7体の地蔵尊

地蔵堂前に並ぶ7体の地蔵尊

地図


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