岩倉街道 起点から北名古屋市

岩倉街道(美濃路追分・枇杷島橋西~犬山城)
起点から北名古屋市まで
北名古屋市
岩倉市
江南市
扶桑町
犬山市
江戸時代、山田家、野口家により創設された下小田井の市は日本三大市場の一つであった。
尾張名所図会「下小田井青果物問屋」デジタル着色

江戸時代、山田家、野口家により創設された下小田井の市は日本三大市場の一つであった。

動画

【動画】岩倉街道 起点から犬山城下

岩倉街道 起点から中小田井

旧美濃路の南に架けられた枇杷島橋を渡りきると 美濃路と岩倉街道の追分、右手に曲がり下小田井へ進む。江戸時代の下小田井は、青果物を扱う日本三大市場の一つで、尾張名所図会にもその様子が描かれている。


より大きな地図で 北名古屋・岩倉・江南・扶桑の岩倉街道 を表示

  • 枇杷島橋

    枇杷島橋

  • 美濃路・岩倉街道追分

    美濃路・岩倉街道追分

  • 美濃路道標

    美濃路道標

  • 美濃路道標

    美濃路道標

中小田井から北名古屋市へ

下小田井を出て、庄内川沿いに庄内緑地公園をすぎると 中小田井の町並が続く。
町並の入口あたりにある善光寺別院願王寺は、天長6年(829)、願王寺として開基され、中世には、松寿院長興寺と称された。明治年間、信州善光寺より本尊善光寺如来を勧請し、 昭和4年(1929)善光寺本堂が建立されて以来「善光寺別院願王寺」と称され 善光寺さんの名で地域住民に親しまれている。
本堂は「日本建築学会賞」受賞しており、また中小田井の北端にあった旧平手邸を境内に移築し、書院明光閣として利用している。
中小田井は、名古屋市の町並み保存地区に指定されている。 枇杷島の青物市への搬送路としてにぎわい、味噌・油などを販売した。現在の建物は、明治24年(1891)の濃尾地震以降に建てられたもので、洪水の被害を防ぐため高い石積み基礎の上に土蔵を築いたり、水屋を設けていた。


より大きな地図で 北名古屋・岩倉・江南・扶桑の岩倉街道 を表示

  • 善光寺別院願王寺

    善光寺別院願王寺

  • 善光寺別院願王寺解説

    善光寺別院願王寺解説

  • 善光寺別院願王寺本堂 「日本建築学会賞」受賞

    善光寺別院願王寺本堂 「日本建築学会賞」受賞

  • へちま薬師

    へちま薬師

  • 中小田井の町並み

    中小田井の町並み

  • 中小田井の町並み

    中小田井の町並み

  • 中小田井の町並み

    中小田井の町並み

  • 中小田井の町並み

    中小田井の町並み

  • 中小田井の町並み

    中小田井の町並み

  • 中小田井の町並み

    中小田井の町並み

岩倉街道(美濃路追分・枇杷島橋西~犬山城)
起点から北名古屋市まで
北名古屋市
岩倉市
江南市
扶桑町
犬山市
Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...