沢井鈴一の「名古屋の町探索紀行」第11講 柳原から土居下 第2回「たなばたの森──多奈波太神社」

たなばたの森──多奈波太神社

多奈波太神社

多奈波太神社

たなばたの森さへ川の隔てあり

多奈波太神社で詠んだ白梵庵馬州の句である。この句に詠まれた多奈波太神社は、延喜式神名帳に載っている一千年以上の社歴を持つ神社である。多奈波太神社は樹木が鬱蒼と茂っていたので、七夕の森とも呼ばれた。

七夕は、天の川の両岸にある牽牛星と織女星とが年に一度相会うという七月七日の夜に星を祭る年中行事である。七月七日の七夕の夜には、多奈波太神社は大変なにぎわいをしめした。『北区誌』は、その賑わいを次のように紹介している。

多奈波太神社の七夕祭りは、夏休中に行なわれるので秋祭の外であったが、此の辺では最も賑った祭礼で、参道には絵行燈が立ち並び、屋台店や覗店が沢山並び、華道協賛の生け花や小学校協賛の短冊飾りの大笹竹が、校庭又は境内に林立し、参詣庶民は押すな押すなの雑踏であった。

旧の七月七日には、現在も多奈波太神社には笹竹が町内から奉納される。笹竹を持って子供たちが境内に入ってくる。時代を反映しているのか、短冊に書かれている子供たちの願いごとも現実的なものが多い。小づかいが欲しい等の子供たちにとっては切実なものばかりだ。

多奈波太神社 解説板

多奈波太神社 解説板

多奈波太神社 境内

多奈波太神社 境内

多奈波太神社の南を堀川が流れている。牽牛星と織女星を隔てる川になぞらえたいが、すこしむりなようだ。馬州が詠んだ川とは、庄内川のことではないだろうか。庄内川の向こう岸、西区には星神社がある。星神社と多奈波太神社とが庄内川を隔てて建っている。『お母さんが集めた名古屋の民話』を参照して作られた恋の物語が『黒川散策マップ』(北区民まちづくり推進協議会)に載っている。

星神社の近くに住む小田井村の若者は、庄内川を必死になって泳いだ。昨年の七夕の夜に会った田幡村の娘のことを思い浮かべながら、濁流に押し流されまいと力いっぱい手足を動かした。
洪水で、水かさの増した庄内川を泳いで渡るという無謀な行為に若者をかりたてたのは、田幡村の娘に逢いたいという一心からだった。この川を泳いで渡れば娘が待っている。早く向こう岸にたどりつきたい。気はあせるのだが、手も足も力つきて動かなくなってしまった。若者は水に巻きこまれ、沈んでしまった。
その日、初めて娘は若者から約束を破られた。何かの都合で若者は来られなかったと思い、約束の多奈波太神社で来る日も、来る日も若者を待っていた。
若者が水死体となって枇杷島にあがったという噂が田幡村にも伝わってきた。娘は、その話を聞いて、若者の後を追い、庄内川に身を投げた。七夕の夜、庄内川の上に大きな天の川がかかった。。天の川をはさみ、彦星と織女星がまたたいている。村人は、二人が星になって、七夕の夜に逢っているのだと思った。

地図


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