沢井鈴一の「名古屋の町探索紀行」第10講 下街道大曽根界隈 第7回「瑞忍寺」

瑞忍寺

瑞忍寺

瑞忍寺

瑞忍寺創建の由来について『尾張名陽図会』は次のように記している。

元和年中(一六一五~一六二三)、当所に源左衛門といふ百姓の後家が、居みし屋敷の畠にて石仏を掘り出しけるが、古くなりて面体も分らず。小仏なれば大黒と思ひ安置す。ある夜その後家が息女に託して、我は薬師なりと告げさせ給ふ。それより堂を建立しすなはち本尊とす。ある年戸を開きて諸人に拝しむ。次第に霊験あらたにして祈願の人多くなれり。寺院の号も無きものから、かの後家老年に及びし事なれば、祖母が薬師と云ひならせしなり。しかるに年月を経て、延宝七年(一六七九)、本寂といへる僧ありて堂守となり。堂宇を再興せしとかや。

掘り出した石仏が薬師仏と知って、一堂を建立して、これを本尊とした。延宝七年に本寂房常照が、再建して祖母薬師堂と号した。

文久三年(一八六三)に、瑞忍寺と名を改めた。

瑞忍寺

瑞忍寺

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