沢井鈴一の「名古屋の町探索紀行」第9講 下街道の山田庄 第6回「長母寺」

長母寺

尾張万歳の発祥の地としても知られている長母寺

尾張万歳の発祥の地としても知られている長母寺

山田重忠は、父母と兄を供養するために三つの寺を守山に建てた。

治承三年(一一七九)母親を供養するために創建した寺が長母寺である。父親のために建てた寺は長父寺で、現在は名前を変えて大永寺となっている。兄のために建てた寺の長兄寺は、長慶寺と名前が変わって小幡駅の北側にある。この寺を開山した南山和尚の墓である無縫塔が建っている。

その後、山田道円坊夫妻が、七堂伽藍、塔頭を建てて、無住法師(一二二六~一三一二)を開山としてむかえた。無住法師は、説話集の『沙石集』『雑談集』などを書いた臨済宗の僧。長母寺にある無住法師等身木像、無住国師の墨蹟は愛知県の重文に指定されている。

寺の小池の傍に「此水つけるといぼおちる」と刻まれた珍しい百度石がある。百度石は、本堂と百度石の間をはだしで百回往復し、祈願をするものである。

長母寺はまた尾張万歳の発祥の地として知られている。

池の傍にある「此水つけるといぼおちる」と刻まれた百度石

池の傍にある「此水つけるといぼおちる」と刻まれた百度石

地図


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