産業観光を語る
語り手:須田寛(東海旅客鉄道株式会社相談役)
取材時期:2007年4月
※下の文章はこの動画を書き起こした内容です
―― 「産業観光」が生まれたいきさつ
愛知万博(2005年開催)誘致の際、外国に誘致に行ったこの地方の皆さんが言いましたのが「愛知と言っても誰も知らないよ」ということでした。
外国では、極端なことをいえばハイチと間違われたということもありました。日本の中でもここは素通りをする場所で、あるいはビジネスに来る場所で観光地では無いと考えている人が沢山いましたので、すぐに人が呼べるものがないかと考えました。ここはものづくりの街、したがって産業に関する博物館とか資料館とかが沢山あり、工場そのものだって充分観光の対象になります。いろんなことを考えて何かものづくりの街にふさわしい観光があるんじゃないだろうか、ありうると考え、万博に大勢の人に来てもらおうという事で産業観光をやろうと衆議一決したというのが動機です。
外国ではテクニカル・ツーリズムとか、インダストゥリアル・ツーリズムという言葉があります。日本ではテクニカル・ツーリズムという言葉を技術観光と訳していました。1950年代にフランスで輸出振興のために工場とか産業施設等の見学の推進したのが、どうも組織的な産業観光の始めらしいんです。産業観光の歴史は結構古いんです。
日本では(産業観光という)言葉が浸透しなかったという事は事実ですが、幸い国とか自治体、この付近では愛知県とか名古屋市がちょうど観光の基本計画を作る時期に当っていたので、産業観光を取り上げていただきました。
それもあり、比較的あちらこちらで産業観光という言葉が使われ出し言葉だけは大分知られてきた、ただ中身がまだまだ伴っていないので、言葉だけではまずい。何とか言葉と現実のギャップを埋めなければいけない、それが今の課題だと思います。
―― これまでと違った角度で観光資源を見直し再編成する
外国へ日本人が行くようになりました、日本人が年間1,700万人(2007年現在)も行っている。大変な数ですがそれがほとんど観光旅行なんです。その割りに外国人があまり日本に来てくれないというのが問題点なんです。そのためにはどうしたらいいのか。日本の観光資源というのをもう一度見直す必要がある。ところが新しい観光資源というのはそんなに沢山できるわけではありません。したがって今まである観光資源というものの見方を変えて違う角度から見ることで新しい観光資源ができたのと同じ効果をあげようという発想がでてきたわけです。それが私どものいうテーマ別の観光です。
産業というテーマを頭に描いて、一般的な観光資源としてみていられるものも、産業という角度から見たら違う見方ができる。例えば古いお寺やお宮があるとします。今まではその由緒とか歴史、あるいはその美しさというのが問題になるわけですが、産業から見ればあれは産業生産物なんです。建築様式とか建物の材質とかいうものが問題になると思うんです、違う角度からものを見たらどうかと。
街道観光。この付近には街道が沢山あるわけです日本の真ん中ですから、文化形成の源泉である道というものに焦点あわせて、そこにある家並とか、道から見える景色、あるいは道そのもの・・・。そういうものがひとつのテーマとして景観、歴史というものも含めてひとつの観光資源になるんではないか。都市観光、都市にある何かじゃなくって都市の全体として出てくる都市の雰囲気なんかが何か観光の対象になるんじゃないか。都市というものをテーマにしてもう一度まわりのものを見直してみよう。
観光資源を新しい角度からみることで新たに観光資源が生まれたのと同じ効果をあげると同時に、ひとつのものが立体的に見えると思うんです。これまでの見方と新しい見方と角度を変えていけば同じものが違う角度からスポットが当りますから、そうすると同じものがまた深みがでてくる、そういうようなものが私はテーマ別観光の意味じゃないかと思います。産業観光と街道観光と都市観光は姉妹観光。いろんな意味でこれまでと違った角度で観光資源を見直し再編成する。それがテーマ別観光であり、その代表例が産業観光であると思います。
「見る・学習する・体験する」という観光を三位一体の観光と私どもは呼んでいます。焼物を焼く、紙をすく、あるいは染物を自分でやってみる。また産業の歴史をたどったり、産業の現状を見る。最近の新しい観光のニーズと従来型の見る観光、それらがミックスして魅力を発揮するというのが産業観光のいま一つの特色であり、最近は比較的それがアピールしていると思います。
―― 産業観光が広域観光のおおきな接着剤になる
交通が便利になり観光客の行動半径がものすごく広くなっています。2つ3つの県は日帰りで楽に行けるわけですから。そうなると今までの都道府県、市町村単位のいわゆるきめの細かい観光という意味ではいいんですが、それは細切れの観光になる恐れがある。その意味では人々の行動範囲と観光の単位とある程度合わせてゆく必要がある。そうなるとそこに広域観光というのが必要となってきます。
産業というのはどこにでもあるものなんです。産業の無いところに人間は生きていけない、どこでも産業観光ができるわけです。どこでもできる産業観光というものが広域観光のおおきな接着剤というか、つなぎ役になることができる。
例えば焼物でも、瀬戸があり東濃に美濃焼きがありますね。四日市に行けば万古焼がある。金沢に行けば九谷焼がある。この付近だけでも何々焼というのがほとんど県単位くらいであるわけです。それらをみんな見比べることによって、お互いに相互補完し合って焼物を見る興味がより深くなるわけです。連携の効果だと思います。
―― 外国の産業観光施設との連携も
国際展開について、最近のことですが外国の人が日本の産業観光にたいへん関心を持っていることがわかりました。最近、近隣諸国の方々にうかがったんですが、自動車とかピアノが一般の家庭にどんどん普及しているというんです。みな日本で出来ている。それはどこで造られているんだろうか、というような興味があるから、例えばこの付近の楽器工場とか自動車工場を見たいという人が非常に多い。外国人の観光客を呼ぶ時のおおきなメニューなんです。
欧米の人々はむしろ日本の伝統産業を自分で体験したいというニーズが非常に強いということが分かりましたので、国によって若干メニューは違いますが外国人を日本に呼ぼうというときに大きなキャンペーンがありますが、そのなかのメニューで大きなウェートを占めるのが産業観光だと思います。
欧米諸国は産業観光が非常に発達しています。ちょっとした街に行っても立派な産業博物館があるといいます。産業遺産の保存や公開が進んでいるとのことですから、そういう所との連携をする必要もあると思います。日本人もそういう所へ言って産業観光をする。できたらそういう博物館と日本の産業博物館が連携して展示物を交換して展示するとか姉妹縁組をするとかすることで大きな効果を生むことがあると思います。また、国際交流を促進する意味でも大きな事だと思います。
―― 産業観光の課題
産業観光がこの一地域だけののものでなく、日本全国に範囲を広げた広域観光の接着剤になると思います。また、国際交流のおおきな柱に産業観光を据えることが産業観光のおおきな課題だと思います。ただ若干細かいことになりますが、産業観光はまだ未熟な観光ですから、いわゆるビジネスモデルというのが出来ていません。永続させるためにも産業観光のビジネスモデルをこれからどう作り上げて行くのかというのが課題として残っていると思います。