Network2010.org - 名古屋100km圏内の情報発信ネットワーク http://network2010.org/ 2017-09-22T20:07:55+09:00 シリーズ堀川と名古屋城No3 白鳥貯木場と木曽式伐木運材 2017-09-18T09:17:06+09:00 2017-09-21T16:07:10+09:00 http://network2010.org/article/2026

【動画】白鳥貯木場と木曽式伐木運材

江戸時代、堀川の河口にあった白鳥貯木場は木曽地方や飛騨地方から伐木された木材の一大集散地。尾張藩で使用される以外の余剰材は商人に払い下げられ江戸、大坂に送られた。この映像は、江戸時代後期の木曽地方や飛騨地方での伐木や白鳥までの運材の様子を描いた絵巻物「木曽式伐木運材図会」を使って、当時の様子を紹介している。また、八百津町、川辺町にあった綱場(上流から流してきた材木をここで集積して、筏に仕立てる場所)跡をドローンによる空中からの映像で紹介している。
取材協力:林野庁中部森林管理局 八百津町 川辺町 NAGAYA DRONE(ドローン撮影)

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①名古屋港から庄内川
② 熱田神宮と神事
③白鳥貯木場

Photo

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古地図で見る 江戸城下と尾張藩江戸屋敷 2017-09-06T17:46:22+09:00 2017-09-06T19:13:32+09:00 http://network2010.org/article/2023

【動画】古地図で見る 江戸城下と尾張屋敷

尾張徳川家は江戸に総坪数は31万1000坪余にもなる屋敷を所持し、諸大名のなかで最大規模を誇っていた。尾張藩上屋敷【市谷屋敷】は当主の住まいで政庁も置かれた。明治4年(1871)、兵部省用地として召し上げられ、以後は一貫して陸軍用地となり、現在は防衛省の敷地となっている。
尾張藩中屋敷【麹町屋敷】は、江戸城外堀の四谷門内(現東京都千代田区麹町)に拝領した屋敷。総坪数1万7870坪余あった。幕末を迎え、明治2年(1869)に政府に接収された。尾張藩下屋敷【戸山屋敷】は、和田戸山(現新宿区戸山〉にあり避災邸と休息用の別邸を兼ねた下屋敷として整備された。尾張藩蔵屋敷は、江戸初期南八丁堀にあったが明暦の大火のあと築地地区の埋立地に移転された。
[徳川黎明会HP参照]

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索引
①江戸時代の名古屋城下
②1868→1888名古屋区時代
③1889→1926名古屋市誕生
④1926→1958昭和時代の幕開け
⑤1958→1968昭和30年代の名古屋
⑥江戸城下と尾張藩江戸屋敷

江戸城下図と尾張藩江戸屋敷

  • 江戸城下と尾張藩江戸屋敷

  • 江戸城下と現在対比

  • 南から見た尾張藩江戸屋敷

  • 南から見た尾張藩江戸屋敷

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中川運河クルーズ2017 2017-08-30T10:25:50+09:00 2017-09-22T20:07:55+09:00 http://network2010.org/article/2022

【動画】シリーズ名古屋港から名駅へ No6 中川運河クルーズ2017

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①水のみち中川運河
② 名古屋港
③名古屋海洋博物館と名古屋港水族館
④リニア時代の名古屋のまちづくり
⑤露橋水処理センター
⑥中川運河クルーズ2017

2017年10月初頭の「ささしまライブ24」街開きにあわせて笹島から中川運河を経由して名古屋港金城ふ頭まで周遊航路が開始される。それに先立って2017年8月28日、29日に中川区、中村区の区制80周年事業の一環として中川運河クルーズが開催された。
一般から応募のあった小・中学生とその保護者が参加、NPO法人伊勢湾フォーラムのメンバーによる水質検査や中川運河の説明などが船内で行われた。
クルーズは名古屋港ガーデンふ頭を出発し中川運河の本線を北上、露橋で東支線へ入りかって堀川と中川運河を結んだ松重閘門を水上より観察したのち北支線から笹島へ向かった。あまり知られていないミニパナマ運河とも言える中川口通船門ではそのメカニズムに関心が集まった。

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変貌する名古屋の姿を全国へ発信し・未来へ伝えよう! 2017-08-02T14:38:56+09:00 2017-08-02T16:25:11+09:00 http://network2010.org/article/2021

2027年のリニア中央新幹線東京~名古屋間の開通に向けて、名古屋地区ではかってない程に様々なプロジェクトが進行しています。私ども特定非営利法人VCPN(ビジュアルコンテンツ・プロダクトネトワーク)は、この間の変遷を様々なシリーズで映像で記録しウエブサイトNetwork2010で配信するとともに後世に伝える映像コンテンツ制作をおこなっております。名古屋市、愛知県等の行政機関の関係部署と連携して活動をおこなっていますが、費用等の援助を受けることなく市民目線、民主導の立場をもって取材活動をおこなっています。また、ドローン撮影やNetwork2010の所有する膨大なデータも加味した映像コンテンツの充実を図ってゆく所存です。

つきましては、企業、個人からのご支援をお願いしたいと考えております。

概要

企業・団体:ウエブサイトNetwork2010への協賛広告(全ページ右側に企業・団体名記載-Webサイトへのリンク)

金額:100,000円(掲載期間1年)

特典:掲載期間中にNetwork2010の所有するコンテンツ5点、5回までの使用が可能です。

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個人:支援者リストに氏名を記載いたします。

金額:一口 3,000円

特典:一口につきNetwork2010の所有するコンテンツ1点、1回までの使用が可能です。

特定非営利法人ビジュアルコンテンツ・プロダクトネトワーク
理事長 後藤幸一

お問合せ

名古屋市東区泉2-28-24 特定非営利法人 ビジュアルコンテンツ・プロダクトネトワーク
担当:後藤
Tel: 052-932-6470 Mail: info@network2010.org
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ドキュメント ロボカップ2017名古屋大会 2017-08-02T09:57:38+09:00 2017-08-02T11:58:43+09:00 http://network2010.org/article/2020

【動画】ロボカップ2017名古屋世界大会

2017年7月27(木)〜30日(日)に名古屋市港区の名古屋市国際展示場と武田テバオーシャンアリーナを舞台に繰り広げられたロボカップ2017 名古屋世界大会を取材した。

地図

写真

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露橋水処理センター 汚水処理のシステムと活用 2017-07-25T13:56:59+09:00 2017-09-22T20:07:12+09:00 http://network2010.org/article/2019

【動画】シリーズ名古屋港から名駅へNo5 露橋水処理センター 汚水処理のシステムと活用

中川運河の北支線と東支線に挟まれた場所に位置する露橋水処理センターは、現在全面的に改築更新の工事が進められている。水処理施設は地下に建設され地上部はオープンスペースとして活用されるとともに水処理センターで浄化された水の一部は北方にある、ささしまライブ24の空調に利用され、中川運河に戻される。オープンスペース完成後は露橋水処理センターとささしまライブ24はプロムナードで結ばれ、また2017年10月にはささしまライブ24の街開きにあわせて、土・日・祝には笹島から金城ふ頭への観光船の舟運が開始されることもあり、名古屋の新しい水辺空間になることが期待されている。

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①水のみち中川運河
② 名古屋港
③名古屋海洋博物館と名古屋港水族館
④リニア時代の名古屋のまちづくり
⑤露橋水処理センター
⑥中川運河クルーズ2017

地図

露橋水処理センター

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名古屋城ボランティアガイド 2017-07-08T10:42:11+09:00 2017-07-08T15:04:25+09:00 http://network2010.org/article/2017

【動画】名古屋城ボランティアガイド

名古屋城では下記のように開園日にボランティアガイドをおこなっている。
定時出発時間:10時00分と13時30分(平日)、9時30分と11時00分と13時30分(土曜・日曜・祝日)
集合場所(出発地点):正門、東門 ガイドの案内看板周辺
ガイド時間は、約60分〜90分(ガイドは無料で、予約不要)

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索引
①よみがえる名古屋城本丸御殿
②本丸御殿整備担当に聞く
③本丸御殿木工事
④伝統技術の継承-左官工事
⑤金具の製作と取り付け
⑥名古屋城の石垣
⑦二之丸庭園整備
⑧ボランティアガイド

名古屋城の文化遺産

①正門

明治43年(1910)に旧江戸城内の蓮池御門が移築されましたが、第2次世界大戦により焼失したため、昭和34年(1959)、天守閣と共に再建されました。

②カヤの木

高さが16m、幹回りが8mあり、築城以前から自生し樹齢600年以上といわれています。初代藩主徳川義直が大坂へ出陣のとき、この実を 食べたといわれ、のち正月の祝膳にも添えられたといわれています。

③西南隅櫓

未申(ひつじさる)櫓ともいわれ、屋根 2 層・内部 3 階の櫓。西、南両面には、軍事用の「石落し」を 張り出して屋根を付けています。大正10年に石垣と共に崩壊しましたが、宮内省によって 修理復旧され、鬼瓦などに菊花紋が見られます。

④東南隅櫓

辰巳(たつみ)櫓ともいわれ、その規模、構造は西南隅櫓と同じですが「落狭間」の破風の形を異にしています。この櫓は創建当時の姿を伝えるもので、鬼瓦などに葵の紋が見られます。

⑤西北隅櫓

別名を戌亥(いぬい)隅櫓とも清須櫓とも呼ばれています。屋根は三層、内部は三階で、最上階は入母屋造り本瓦葺(ぶき)で、他の建物の古材を多く用いて建てられました。外部北面、西面に千鳥破風が作られ、「石落し」を備えています。

⑥旧二之丸東二之門

多門塀の下をくぐる埋門で、 本丸御殿の大奥へ通じる秘門で別名を「あかずの門」と言われていました。 戦災で焼失し天守閣再建時に再建されました。

⑦名勝二之丸庭園

二之丸庭園は、文政年間(1818~29)に大改造されました。西隣にある現在の「名勝 二之丸庭園」とともに、藩主常住の二之丸御殿の庭園を形成していました。「御城御庭絵図」によれば、北に権現山、その西に栄螺(さざえ)山を配し、南に大きな池を設け、その間に六つの茶席を点在させるなど広大な規模の庭園でした。明治維新になって、名古屋鎮台(のちの第三師団)が置かれ、陸軍の兵舎や訓練場を作るため権現山の南側を削ったり、池を埋めるなどしました。昭和50年(1975)、絵図に基づいて一部の発掘調査を行い、それで現れた北池、南池、茶席の霜傑(そうけつ)亭跡、北暗渠(埋設あるいは蓋をした導水路)の四つの遺構を中心に整備して「二之丸東庭園」として開園しました。

⑧本丸御殿

かつて名古屋城の本丸には、天守閣の南側に本丸御殿がありました。この本丸御殿は、近世城郭御殿の最高傑作と言われ国宝に指定されていた建物で現在、国宝になっている京都二条城の二の丸御殿と並ぶ武家風書院造の双璧と言われていました。勇壮な天守閣と優美な御殿が並び建つことで、名古屋城は城郭建築としての風格を形成しており、1930年(昭和5年)に国宝に指定されましたが、1945年(昭和20年)5月、空襲により天守閣、本丸御殿ともに焼失してしまいました。現在、2018年度全体公開に向けて復元工事が行われています。

⑨清正石

名古屋城最大の石垣石材。ここ本丸搦手枡形(からめてますがた)の石材は 黒田長政の担当でしたが、巨石であるため普請の名手加藤清正が積上げた と伝えられ清正石と呼ばれてきました。

⑩名古屋城天守閣

関ケ原合戦(1600)に勝利した徳川家康が、来るべき大坂方との決戦に備え尾張の中心であった清洲から、防衛拠点として好都合な熱田台地に遷府を決意したことで 、背後を断崖と沼地にした台地の西北端に 名古屋城の築城が開始されました。慶長15年(1610)の築城開始からわずか2年で天守閣は完成しました。太平洋戦争末期の昭和20年(1945)5月の空襲で本丸御殿ととに焼失、現在の天守閣は昭和34年(1959)に再建されたものです。

⑪乃木倉庫

第二次世界大戦中の昭和20年(1945)5月14日、名古屋空襲により天守閣、本丸御殿等は焼失してしまい ましたが、この倉庫のみは無事で、空襲が始まる前から避難させてあった障壁画の一部は現在まで残っています。

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二之丸庭園の保存整備発掘調査 2017-06-29T19:12:36+09:00 2017-07-08T14:46:43+09:00 http://network2010.org/article/2016

【動画】名古屋城二之丸庭園保存・整備事業発掘調査

二之丸庭園は、江戸時代、藩主の公私の場であった二之丸御殿の北側に造営された庭園で、昭和28年に国の名勝に指定された。名古屋市では庭園本来の景観を取り戻すため、各種の整備事業や調査を行っている。

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索引
①よみがえる名古屋城本丸御殿
②本丸御殿整備担当に聞く
③本丸御殿木工事
④伝統技術の継承-左官工事
⑤金具の製作と取り付け
⑥名古屋城の石垣
⑦二之丸庭園整備
⑧ボランティアガイド

発掘調査写真

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シリーズ 変貌する名古屋城 索引 2017-06-27T17:09:14+09:00 2017-07-08T14:44:34+09:00 http://network2010.org/article/2009

【動画】変貌する名古屋城

2018年度に本丸御殿の全体公開を迎える名古屋城では、様々なプロジェクトが進行している。2018年春には、名古屋城正門(南側)と東門(地下鉄市役所駅側)の2ヶ所に商業施設「金シャチ横丁」がオープン予定、また名勝二之丸庭園では保存整備が行われ、定期的に発掘現地説明会が行われている。さらに、名古屋城天守閣の木造復元が決まり、2022年12月の完成を目指す。このシリーズではこれに関連した事項を紹介する。

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名古屋城のプロジェクト

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映像で綴る名古屋の400年 -2017年版索引 2017-06-24T09:55:42+09:00 2017-09-06T19:17:02+09:00 http://network2010.org/article/2008

【動画】映像で綴る名古屋の400年-2017年版

徳川家康によって尾張の首府が清洲より熱田台地の北端に移転されてから約400年が経過した。現在、名古屋は2017年のリニア中央新幹線の東京~名古屋開通に向けて、様々なプロジェクトが急ピッチで進行している。このシリーズは各時代の代表的な古地図をベースにして、Network2010が所有する膨大な映像資料を使って、現在にいたる400年間の歩みを紹介するとともに後世に伝えるのを目的としている。

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名古屋の今を見る-2017

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