Network2010.org - 名古屋100km圏内の情報発信ネットワーク http://network2010.org/ 2021-03-25T16:13:47+09:00 名古屋三の丸ルネッサンス 2021-03-02T13:09:40+09:00 2021-03-23T15:43:13+09:00 http://network2010.org/article/2115

【動画】名古屋三の丸ルネッサンス

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①名古屋市住宅都市局長に聞く
②名古屋三の丸ルネッサンス

服部 敦 中部大学教授インタビュー要約

名古屋三の丸ルネッサンス期成会を有志でつくり三の丸の再整備を推進して行こうという運動を展開しています。この会は、まちづくりに関心のある学識経験者や名古屋商工会議所、中部経済連合会をはじめとした方々の賛同を得て結成しています。三の丸の官庁の建て替えが数年前からうわさされており、この期になにもしないと名古屋の街づくりが50年、100年遅れてしまうという危機感があったので、4、5年前から勉強会を始めまして、そこに参加していただいた方がこの会の中心メンバーとなっています。勉強会を始めたころは、まったく火も煙も立っていなかったのですが、官庁施設の建て替えが段々と本格化してゆき、いよいよ待ったなしといった状況になるなかで、会として動きをはっきりさせただ勉強をしているだけでなく、国の官庁、愛知県、名古屋市など関係する機関に働きかけて実現に向けて動き出そうという目的でこの期成会を立上げました。

城郭のなかにある一団となった官庁街は全国にいくつかありますが、おそらくこの名古屋三の丸は東京の霞が関に次ぐ日本で二番目の規模を誇ります。愛知県庁と名古屋市役所があり、国土交通省、農林省、財務省、経済産業省など、ありとあらゆる官庁の施設が三の丸にあります。その建物もかなり老朽化し耐震性も下がっており建て替えの時期に入っています。しかし、建替え時期にただ官庁の施設として建て替えてしまえば、今までのように都心のにぎわいを失ったまま50年、100年経ってしまうので、この時期にしっかり考えて名古屋の街づくりに貢献するように官庁の建て替えを行うことが非常に重要なことだと考えています。官庁街としてのまとまりは失いたくないと思いますが、かといってすべて低層利用での建て替えということではもったいないので、あるていど集約していく、官庁施設を集約しながらそこに新しい機能を入れていくことが必要だと思います。

リニア新幹線が開通し国際都市になるなかで、情報発信とか文化交流という機能が必要になってきます。 隣接する名古屋城とか本丸御殿などのユニークな施設も利用したカンファレンス(会議)とかマイス(MICE)機能、これは最近ユニークベニューと言われ、歴史的な施設も活用しつつ、新しい施設を活用して文化交流をする、官庁街を集約しながら情報発信や交流機能をいれてゆくことも必要だと考えます。

三の丸には愛知県庁や名古屋市役所がありますが、昭和初期に建てられたユニークな建物で重要文化財に指定されています。現在は役所として使用されていますが、それをもっと良い形で使っていく、例えば迎賓的なホテルとか名古屋にはない国立の博物館とか美術館などに転用する形で使ってゆくことが望まれます。このような形で三の丸の再開発が進めば、都心のにぎわいがつながってゆくことになると思います。

関ケ原の戦い後、徳川家康が清州から名古屋台地北端に遷府しましたが、なぜここを選んだかといえば地盤が良かったからです。いまこの地域で南海トラフ地震が非常に心配されていますが、三の丸地区はかなり丈夫でしっかりしており防災拠点としても重要です。日常時はにぎわいの創出、災害時には広域的な防災拠点として機能を発揮する。その両面があることが三の丸地区のいいところです。

リニア開通により東京が近くなり、またコロナ禍により都市の密度を下げてゆく方向にこれからの街づくりがなってゆくなかで、名古屋にも業務機能を移転し、東京と名古屋をつないでゆくことが重要だと思います。そのためには名古屋の都心の魅力を高めて行くことが重要になってきます。名古屋駅前や栄地区で業務機能が上がってゆくわけですが、業務機能というのは、ただオフィスをつくれば良いわけではなく情報発信とか交流などの機能がすぐ傍にないと魅力がありません。ヨーロッパの都市を見れば 分かるように、パリとかロンドンとかすべて歴史性があって尊敬を集めて世界から人が集まっています。名古屋も日本のなかでは非常に歴史のある都市ではありますが、戦後の都市整備のなかで埋もれてしまった面があります。城下町の最初の出発点である三の丸で、歴史的な部分にもしっかり配慮した形で街づくりがおこなわれ、名古屋城を核として歴史的な文化の発信、交流が行われれば名古屋の都市としての価値が上がり、世界からも国内からもリスペクト集め人も集り、それによって業務機能の高まりも期待できると思います。

名古屋市はSRT構想(Smart Roadway Transit)で、都心を路面交通で回遊性を持って結んで行こうと考えています。名古屋駅と栄地区を直線で結んでしまっては回遊性は生まれないので、少しまわらなくてはならないことになります。そのまわって行く所のコアーの部分に名城地区が位置しています。名古屋城単体ではなく、名古屋の街全体を魅力的にして行くためには、三の丸地区を生かす必要があります。

今までの名古屋の街づくりは東西の軸、名古屋駅と栄を結ぶ軸が戦後発展してきました。しかし城下町の本当の軸であった名古屋城から金山を通って熱田に至る本町通という軸が、現代の街づくりのなかで少し忘れ去られて来ました。三の丸の街づくりを起点として南北を結んで行く街づくりが始まって行き、名古屋の都市としての広がりや魅力が生まれることを期待したいと思います。

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リニア時代の名古屋のまちづくり 2021→2023 No.1 2021-01-18T14:55:12+09:00 2021-03-23T15:43:49+09:00 http://network2010.org/article/2113

【動画】リニア時代の名古屋のまちづくり 2021→2023 No 1

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①名古屋市住宅都市局長に聞く
②名古屋三の丸ルネッサンス

藤條聡名古屋市住宅都市局長インタビュー要約

名古屋市住宅都市局長に

国土交通省から2020年7月名古屋市住宅都市局長に着任しました。16年前に中部地方整備局に在籍しており、名古屋との関わり今回で2度目となります。中部地方整備局当時は、中部国際空港の開港、また愛・地球博に向けてのインフラ整備が積極的に行われた時期でした。また、埼玉県の川越市でも都市計画部長をしており、市役所のまちづくり行政に対しては十分な経験を積みましたので、その経験を名古屋のまちづくりに活かせるのではないかと思っています。

「スーパーターミナル・ナゴヤ」へ

名古屋は日本の真ん中に位置しており、リニア中央新幹線が開通すれば首都圏とは40分、近畿圏とは30分で結ばれます。こうなれば世界の方々が日本を訪れる時に、わざわざ羽田とか成田、そして関西国際空港を使わなくても中部国際空港を玄関口として日本を訪れるといった構図が出来上がってきます。リニアで関東にも近畿にも行くということで、まさに日本の中心となって行く、スーパーターミナル、ハブ化を進めていくことが、今、きわめて重要な時期にあるんではないかと思っています。

都心への誘引ー次世代の交通システムSRT

リニアで名古屋に来られた方を、いかに名古屋の中心地である栄、大須そして名古屋城がある名城地区に誘引することは、非常に重要なファクターです。次世代の交通システムSRT(Smart Roadway Transit)など、すぐに都心部に行けて、ゆっくり観光できるような交通手段をリニア開業を見据えて作っていくことが重要な課題だと考えています。

パリでの経験を活かし中心部の活性化を

2006年から2009年までフランス日本大使館に勤務して、パリのまちづくりを研究しておりました。面的に低層に広がっており、歩いていて楽しい街ですが、このような街を作るために、名古屋ではどういった方策が可能なのか、非常にチャレンジしがいのある課題です。パリにいたときに、エッフェル塔のすぐ近くに住んでいましたが、塔の足元に広大なグリーンインフラとも呼べるシャン・ド・マルス公園という芝生の公園が広がっています。2020年9月に久屋大通パークが開業しましたが、北エリアのシバフヒロバから名古屋テレビ塔を見た風景がパリのエッフェル塔にそっくりなんです。塔を見ながら 市民がゆっくり憩える、都心のオアシスのような拠点をしっかり活かしながら中心部の活性化をやってゆきたいと思っています。

リニア開業に向けての名古屋のまちづくり

2027年のリニア開業は少し遅れると言われていますが、名古屋開業から大阪開業までの期間、名古屋を最終目的地としない方々でも、一度は名古屋に足を踏み入れることになり、非常に多くの方が名古屋訪れることになります。このタイミングを好機ととらえて、しっかりと魅力的なまちづくりを進めてゆくことが、都市戦略上も重要なテーマだと思ってますので、例えば高品質ホテルや高機能のオフィスを都心部に誘致。大胆な規制緩和を進めることで東京、大阪と伍する、むしろそれを超えるまちづくりをして行くことが重要だと思っています。

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YouTube動画視聴者 2020年1月~12月  2021-01-03T11:20:57+09:00 2021-01-04T12:52:58+09:00 http://network2010.org/article/2112
  • 2020年YouTube動画視聴者上位300コンテンツの詳細です。2020年前半は、NHKの大河ドラマ『麒麟がくる』の影響もあって、関連コンテンツの視聴が大幅に増えました。しかし、新型コロナにより、『麒麟がくる』の放送中断および各種催事の中止もあって、年後半の視聴者数が大幅に激減したのが、2020年の特徴となっています。

    Network2010おすすめコンテンツINDEXリスト

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    • 1~50

    • 51~100

    • 101~151

    • 151~200

    • 251~250

    • 251~300

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    空から見た名古屋周辺リニア新幹線ルート 2020-12-14T17:46:33+09:00 2021-03-25T16:13:47+09:00 http://network2010.org/article/2111

    【動画】名古屋周辺リニア新幹線ルート

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    ❶名古屋庄内川を下る
    ❷名古屋 2017
    ❸名古屋高速道路
    ❹桶狭間の戦い
    ❺小牧・長久手の戦い
    ❻飛騨高山
    ❼名古屋城
    ❽長良川上流から河口へ
    ❾関ヶ原の戦い
    ❿名古屋東部の歴史遺産
    ⓫名古屋周辺リニア新幹線ルート
    リニアルート
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    空から見た名古屋 名古屋東部の歴史遺産 2020-11-16T17:43:04+09:00 2021-03-23T15:35:14+09:00 http://network2010.org/article/2110

    【動画】空から見た名古屋東部の歴史遺産

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    ❶名古屋庄内川を下る
    ❷名古屋 2017
    ❸名古屋高速道路
    ❹桶狭間の戦い
    ❺小牧・長久手の戦い
    ❻飛騨高山
    ❼名古屋城
    ❽長良川上流から河口へ
    ❾関ヶ原の戦い
    ❿名古屋東部の歴史遺産
    ⓫名古屋周辺リニア新幹線ルート
    ❶日本語 Japanese
    ❷英語 English

    名古屋市の東部に位置する、東区、千種区には、寺院、博物館、美術館、古城跡といった歴史遺産が点在している。この動画は、ドローンによる撮影を加味して紹介している。

    名古屋市市政資料館

    1881年(明治14年)、名古屋控訴裁判所が名古屋城の外堀通と本町通の交わる西角に開所した。その後、名古屋市の発展に伴って1922年(大正11年)、分散していた名古屋控訴院、名古屋地方裁判所、名古屋区裁判所を1つの合同庁舎にまとめるため旧名古屋控訴院地方裁判所区裁判所が建設された。1979年の裁判所移転に伴い取り壊しが検討されたが、保存を望む声に応えて、取り壊は中止され名古屋市市政資料館として利用されている。1984年(昭和59年)、国の重要文化財に指定されている。

    ----文化のみち----

    名古屋城から徳川園にかけての一帯は、歴史的遺産の宝庫として「文化のみち」と呼ばれている。 近代産業の担い手となる起業家、宗教家、ジャーナリストなど多彩な人が去来し、交流する舞台となった。撞木館は、陶磁器商として活躍した井元為三郎が、大正末期から昭和初期に建てた邸宅。旧豊田佐助邸は、日本の発明王・豊田佐吉の弟、佐助の住居で木造の洋館・和館を併設したスタイルの邸宅。

    文化のみち二葉館

    日本の女優第一号として名をはせた川上貞奴と電力王と言われた福沢桃介が共に暮らした家。創建当時は、東二葉町にあったが、2005年(平成17年)、5年の歳月をかけ現在地に移転され文化のみち二葉館としてよみがえった。1階には旧大広間、旧食堂などが展示室として使われ、川上貞奴や福沢桃介の生活、生涯を映像や資料で紹介している。2階では、郷土ゆかりの文学者および文芸作品を紹介している。

    建中寺

    1651年(慶安4年)、第2代尾張藩主徳川光友が、父義直の菩提を弔うため建立した浄土宗の寺院。尾張徳川家代々の菩提寺となっている。現在は建中寺公園の南側には総門、また、境内には山門、本堂、開山堂、明王殿、経蔵、鐘楼、書院、旧名古屋商工会議所を移転した徳興殿、第2代尾張藩主徳川光友の墓、源正公廟、第3代藩主徳川綱誠の廟と御霊屋などがある。

    徳川園と徳川美術館

    徳川園は、尾張藩第二代藩主光友公の隠居所として造営された。光友公の没後 家老の成瀬、石河、渡邊三家に譲られた。1889年(明治22年)に尾張徳川家の手に戻り邸宅となった。1931年(昭和6年)、名古屋市は第十九代当主義親氏から邸宅と庭園の寄付を受けて、「徳川園」と名づけて一般公開した。しかし第二次世界大戦の大空襲でほとんどが焼失してしまった。2005年の愛知万博開催もあって、2001年(平成13年)、徳川園の再整備が始まった。2004年、江戸時代の主だった大名庭園様式である「池泉回遊式」 の日本庭園として開園した。徳川美術館は、徳川家康の遺品を中心に、初代義直(家康九男)以下代々の遺愛品、いわゆる「大名道具」1万件余りを収める美術館。国宝「源氏物語絵巻」をはじめ、国宝9件、重要文化財59件などを展示している。

    覚王山日泰寺

    名古屋城下町の東に広がる丘陵地帯は、東山と呼ばれ、江戸時代には行楽地として知られていた。1898年(明治31年)、インド北部のピプラーワーでお釈迦様の遺骨の一部、御真骨が発見された。これによりお釈迦様のの実在が立証されることになり、19世紀東洋史上の一大発見となった。御真骨は、仏教国であったタイ国(当時シャム)のチュラロンコン国王へイギリスから寄贈された。1900年(明治33年)、「御真骨」の一部が、シャム国の国宝「金銅釈迦如来像」とともに日本へ贈られ、1904年(明治37年)、御真骨お祀りする寺院として10万坪の敷地に日暹寺(現在の覚王山日泰寺)が創建された。いずれの宗派にも属さない日本で唯一の寺院である。毎月21日には、弘法大師の縁日が開かれる。

    揚輝荘

    揚輝荘は、株式会社松坂屋の初代社長で伊藤家15代伊藤次郎左衛門祐民が、約1万坪の森を切り開き、覚王山の丘陵地に別荘として建設された。揚輝荘は、個人の別荘にとどまらず、皇族、政治家、実業家、文化人などの各界の名士が訪れる豪華な迎賓館、社交場としての役割も果たしていた。現在、敷地の多くが開発されて庭園も南北に分断されてしまったが、数棟の貴重な建物と庭園が残されている。南庭には、聴松閣、揚輝荘座敷。北庭には、三賞亭、伴華楼、白雲橋、豊彦稲荷などがある。

    鍋屋上野浄水場

    鍋屋上野浄水場は、名古屋市初の浄水場として1914年に竣工し、給水を開始した。犬山取水場から取水した木曽川の水が鍋屋上野浄水場に送られ、浄水されたのち、第一ポンプ所から東山配水池に送られた。操業当初は緩速ろ過方式で給水を開始した。浄水場に届いた水は、ろ過地周辺にめぐらせた水路を流れ、緩速ろ過池に流入する。緩速ろ過方式とは、小石や砂を充填した層をゆっくり通過させ、表面に発生する生物の力を利用して濁りなどを取り除く。ろ過速度が緩やかなので緩速ろ過方式と呼ばれている。薬品などを必要としないが、広大な面積を必要とする。昭和時代が始まると人口は100万人にせまり、加えて重工業の発展もあり、水の需要が高まった。1930年、東山配水池に東山配水塔が完成した。鍋屋上野浄水場から送られた水を塔上の貯水槽までポンプで一旦押し上げ、自然流下で現在の千種区覚王山から丸山町あたりの高台に配水した。東山配水塔は1973年に配水施設としての役割を終えたが、1979年、災害時のための応急給水施設、東山給水塔として再び利用されることになった。

    末森城跡

    末森城は織田信長の父、織田信秀により築城された。1511年、織田信秀は、尾張守護代「織田大和守」配下に清州三奉行の一人、織田信定の長男として勝幡城で生まれた。織田信秀は家督を継ぐと、港町で繁栄する津島の財力で、清州の「織田大和守」を凌ぐ勢力に成長した。信秀は名古屋周辺に勢力を広げるため今川氏豊の居城、那古野城を奪い勝幡城からここに本拠を移した。1539年、今度は熱田地域を手中にするため、古渡城を築城。那古野城は織田信長に譲られた。1548年、今川軍への防備のため、末森城を築城して本拠とする。晩年になった信秀は、末森城で正妻、土田御前、信長の弟織田信行と過ごした。信秀が没すると、織田信行が末森城と当主となった。信行は跡目相続をめぐって清州にいる織田信長と争った。1556年、信行は柴田勝家らとともに稲生(名古屋市西区)で戦うも信長に敗北する。一度は母、土田御前の歎願で命は救われたが、再び対立。1157年、彼は清州城内で殺された。この城は現在、城山八幡宮の敷地になっている。

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    名古屋市市政資料館
    • 名古屋市市政資料館

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    文化のみち二葉館
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    建中寺
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    徳川園・徳川美術館
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    覚王山日泰寺
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    揚輝荘
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    鍋屋上野浄水場
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    末森城と城山八幡宮
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    名古屋まるわかりINDEX 2020-10-14T14:40:12+09:00 2021-03-23T18:07:02+09:00 http://network2010.org/article/2106
    ❶日本語 Japanese INDEX
    ❷英語 English INDEX
    名古屋100キロ圏のドローン撮影映像
    ❶名古屋庄内川を下る
    ❷名古屋 2017
    ❸名古屋高速道路
    ❹桶狭間の戦い
    ❺小牧・長久手の戦い
    ❻飛騨高山
    ❼名古屋城
    ❽長良川上流から河口へ
    ❾関ヶ原の戦い
    ❿名古屋東部の歴史遺産
    ⓫名古屋周辺リニア新幹線ルート
    ☆INDEX☆
    映像で見る名古屋の歩み
    ❶名古屋城400年の変遷
    ❷名古屋駅の130年の変遷
    ❸名古屋栄地区130年の変遷
    ❹映像で綴る名古屋の400年
    ☆INDEX☆
    リニア時代の名古屋の街づくり
    シリーズリニア時代の名古屋のまちづくり 2021→2023Top
    シリーズ名古屋港から名駅へ-中川運河Top
    シリーズ名古屋港から庄内川へ-堀川
    映像で栄の魅力発信プロジェクト!
    久屋大通公園映像Map
    シリーズ久屋大通公園再整備Top
    シリーズ栄Now & Future
    名古屋東部の歴史遺産
    ☆INDEXへ☆
    名古屋城と本丸御殿、名勝二之丸庭園発掘現地説明会
    名古屋城Top
    名古屋城本丸御殿Top
    名勝二之丸庭園Top
    ☆INDEXへ☆
    ★愛知・名古屋の窓★
    愛知の自然と花Top
    愛知・名古屋のまつり(山車祭り以外)Top
    愛知・名古屋山車祭りTop
    熱田神宮 主な祭典・神事Top
    ☆INDEX☆
    ★岐阜の窓★
    関ケ原合戦まつり
    垂井曳やま祭
    墨俣一夜城
    水都大垣
    薄墨桜と樽見鉄道
    横蔵寺・華厳寺の紅葉
    世界初!連柿100串に挑戦
    長良川源流と白山への道
    長良川鉄道で長良川を下る
    郡上おどり
    うだつの上がる町並み
    美濃和紙あかりアート展
    関鍛冶伝承館
    瑞浪市化石博物館
    ☆INDEXへ☆
    三重県の窓
    伊勢湾岸の桜
    桑名石取祭
    関宿祇園夏まつり
    伊賀上野城下町
    伊賀流忍者博物館
    高田本山専修寺と一身田
    商都松阪と本居宣長
    斎宮と斎王まつり
    お白石持行事(伊勢神宮 式年遷宮)
    伊勢河崎商人館
    鳥羽市の歴史と名所
    ミキモト真珠島
    鳥羽水族館
    海の博物館
    志摩市の歴史と名所
    ☆INDEX☆
    ★名古屋をとりまく歴史街道★
    ①東海道Top
    ②中山道Top
    ③お伊勢参りの道Top
    ④美濃路Top
    ⑤竹鼻街道・駒塚道
    ⑥佐屋街道Top
    ⑦津島街道Top
    ⑧岐阜街道Top
    ⑨上街道Top
    ⑩下街道
    ⑪岩倉街道Top
    ⑫飯田街道Top
    ⑬平坂街道Top
    ⑭別所街道Top
    ⑮伊那街道Top
    ⑯常滑街道Top
    ⑰師崎街道
    ⑱挙母街道Top
    ⑲瀬戸街道
    ⑳大和街道Top
    ㉑大浜街道Top
    ㉒伊賀街道Top
    ★INDEX☆★
    ★戦国武将の戦い★
    ❶織田家・斎藤道三
    ❷桶狭間の戦い
    ❸小牧・長久手の戦い
    ❹小牧・長久手合戦を語るTop
    ❺関ヶ原の戦い
    ☆INDEX☆
    戦国時代の城と城址
    国宝犬山城
    小牧山城
    織田氏と小口城
    足助城
    大垣城と水門川
    苗木城
    金山城と兼山湊
    明智城址
    蒲生氏郷の松坂城
    ☆INDEX☆
    ★映像資料で見る名古屋の400年❶★
    ❶尾張名所図会Top
    ❷明治時代の写真Top
    ❸大正時代の写真Top
    ❹昭和初期の写真Top
    ❺戦後復興から高度成長の写真Top
    ❻名古屋開府400年のながれ
    ❼戦前・戦後の証言
    ☆INDEX☆
    映像資料で見る名古屋の400年❷
    ①尾張名所図会作品集
    ② 明治時代1868-1912
    ③大正時代1912-1926
    ④昭和戦前1926-1945
    ⑤戦後と現在1945-
    ☆INDEX☆
    あいちトリエンナーレの歩み
    開催に向けてTop
    トリエンナーレ2010Top
    トリエンナーレ2013Top
    トリエンナーレ2016
    ☆INDEX☆
    安井俊夫の「シリーズ愛知万博を語る」
    No1愛知万博事務次長に就任
    No2戦争体験の継承を
    No3県庁職員時代のエピソード1
    No4県庁職員時代のエピソード2
    No5県庁職員時代のエピソード3
    No6県庁職員時代のエピソード4
    No7県庁職員時代のエピソード5
    No8万国博覧会の歩み
    No9主会場青少年公園に変更
    No10環境に配慮した会場建設
    No11市民参加と愛知万博
    No12ナショナルデー
    No13官民混成の難しさ
    No14ECO技術
    No15愛知万博の遺産
    ☆INDEX☆
    沢井鈴一名古屋の歴史と文化を語る
    名古屋広小路ものがたりINDEX
    名古屋の町探索紀行INDEX
    俗名でたどる名古屋の町INDEX
    ☆INDEX☆
    木曽川水系物語
    大河 木曽川
    愛知用水通水50年
    木曽川水系ネットワーク
    ☆INDEX☆
    各種ジャンル
    蒸気機関車の実験運行
    建中寺村上住職に聞く
    堀川歴史観光クルーズ
    藤前干潟と保全活動
    十二単の着付け体験
    日本刀の美を語る
    柳橋中央市場の一日
    よみがえる北斎の大だるま
    ロボカップ2017
    生物多様性キックオフシンポジウム
    海上の森
    古地図で見る江戸城下と尾張藩江戸屋敷
    ☆INDEX☆
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    名古屋栄地区400年の変遷 2020-10-13T16:49:59+09:00 2020-10-13T18:50:06+09:00 http://network2010.org/article/2105

    【動画】名古屋栄地区400年の変遷

    大画面でご覧になりたい方はYouTube Network2010で

    栄地区は名古屋を代表する繁華街。その足跡を名古屋誕生から現在までの400年間にわたって紹介している。

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    リニア時代の名古屋のまちづくりNo.13 総集編 2020-09-23T13:46:30+09:00 2021-03-22T14:52:42+09:00 http://network2010.org/article/2104

    【動画】リニア時代の名古屋のまちづくりNo13 総集編

    プロジェクトINDEXへ
    ❶栄地区再生へ
    ❷久屋大通公園再生
    ❸名古屋テレビ塔
    ❹中日ビル
    ❺都心を支える水のみち・風の道
    ❻栄地下街
    ❼ 世界コスプレサミット
    ❽ インバウンド
    ❾ テレビ塔リニュアル
    ❿ ミツコシマエ ヒロバス
    ⓫ 進捗する久屋大通公園再整備
    ⓬ 光安名古屋市住宅都市局長に聞く
    ⓭ 総集編
    ☆INDEXへ☆
    サポーターリスト
    Park-PFI(公募設置管理制度)として日本最大規模の久屋大通公園整備事業が進められているが、2020年久屋大通北エリア・テレビ塔エリアが久屋大通パークの名称でオープンした。Network2010は2019年1月の工事開始からオープンまでの工事期間を取材。総集編として久屋大通の歴史も加味して紹介する。

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    No.12 光安名古屋市住宅都市局長に聞く 2020-07-12T13:45:43+09:00 2021-03-22T14:52:21+09:00 http://network2010.org/article/2102

    【動画】リニア時代の名古屋のまちづくりNo12 光安局長に聞く

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    ❶栄地区再生へ
    ❷久屋大通公園再生
    ❸名古屋テレビ塔
    ❹中日ビル
    ❺都心を支える水のみち・風の道
    ❻栄地下街
    ❼ 世界コスプレサミット
    ❽ インバウンド
    ❾ テレビ塔リニュアル
    ❿ ミツコシマエ ヒロバス
    ⓫ 進捗する久屋大通公園再整備
    ⓬ 光安名古屋市住宅都市局長に聞く
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    サポーターリスト
    Park-PFI(公募設置管理制度)として日本最大規模の久屋大通公園整備事業が進められているが、久屋大通公園北エリア・テレビ塔エリアのオープンが当初の予定より2か月程遅れ2020年秋になった。整備事業の経緯とリニア開業に向けての今後の展開を光安名古屋市住宅都市局長(国土交通省から名古屋市へ2017年7月着任~2020年7月退任)にインタビュー取材。

    インタビュー要約

    Park-PFIと久屋大通公園の北エリアとテレビ塔エリア再整備

    久屋大通公園の北エリアとテレビ塔エリアには名古屋テレビという集客施設はありましたが、それ以外に人を呼び込むような集客施設や人が憩えるような広場などがなかったことで北エリアの方は木が鬱蒼とした感じでうまく使われていませんでした。今回Park-PFI(公募設置管理制度)を利用しまして公園と商業施設が一体となった久屋大通パークとして生まれ変わります。商業施設もうまく配置されていますので、にぎやかでかつ人が憩える公園として再整備できると考えています。

    民間に提案いただき、それを名古屋市の有識者の方々に審査していただき選定した形になっています。どこまで任せるがたしかに難しいところでしたが、Park-PFI自体が民間のノーハウとか資金を活用するということで、そちらの趣旨を活かしながら初めてということもあって何処までうまく行ったかということはあるんですが、民にすべて任せっきりでもダメですし、一方で行政がどんどん指導していくと今までの公園整備と変わらなくなるので、そのあたりのバランスを上手く取りながら再整備事業を進めてきました。久屋大通公園の北エリアとテレビ塔エリアについては何処までそこが出来たかという課題はありますが、久屋大通公園南エリア再整備事業でも民間活用行いますので、今回の経験をしっかり活かしながら進めて行こうと思っています。

    南エリア再整備と久屋大通再生有識者懇談会の提言

    南エリアの特徴としましては百貨店が西側に並んでいることだと思いますので、そことの相乗効果を図れるようにすることが重要になります。またハード面では、公園の下に大規模な駐車場がありますので、駐車場に入るための渋滞対策や西側と東側に高低差があり東西を分断する要素となっていますので何らかの対応を検討する必要があります。

    令和2年3月26日、久屋大通再生有識者懇談会(座長・堀越哲美愛知産業大学長)の方々から提言をいただきました。それに従って名古屋市は再整備を行ってゆきますが、歩いて楽しめるウオーカブルな街の拠点として発展させて行かなければならないとの提言をいただいています。街づくりのキーワードがウオーカブルと多様性と考えていますので、その二つのキーワードを念頭におきながら、提言を充分活かして構想づくり・計画づくりをやっていきたいと思っています。

    都心の回遊性を高めるSRT(Smart Roadway Transit)

    名古屋市の都心の回遊性を高める新しい路面公共交通システム「SRT(Smart Roadway Transit)」を掲げています。名古屋駅・名古屋城・栄・大須の四つの拠点を結ぶ路面公共交通システムを検討しています。タイアベース、バスベースですが、単なるBRT(Bus Rapid Transit)ではなく、人目をひくようなデザイン、バリアフリー、高環境性能、自動運転も取り入れながら単なる移動手段としてではなく、乗って街を見ながら楽しんだり都心を歩いて回遊する手段となるような交通システムで、トヨタ自動車と協定を結んでSRT構想を進めています。

    *公募設置管理制度 Park-PFI平成29年の都市公園法改正により新たに設けられた、飲食店、売店等の公園利用者の利便の向上に資する公募対象公園施設の設置と、当該施設から生ずる収益を活用してその周辺の園路、広場等の一般の公園利用者が利用できる特定公園施設の整備・改修等を一体的に行う者を、公募により選定する「公募設置管理制度」のこと。
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    YouTube動画視聴者 2020/4月・5月・6月 2020-07-02T11:20:01+09:00 2020-07-02T11:32:05+09:00 http://network2010.org/article/2101
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