江戸時代の名古屋城下「東寺町」

東寺町(白黒の尾張名所図会をイメージ着色)

東寺町三枚綴り(白黒の尾張名所図会をイメージ着色)

尾張名所図会 東寺町原本一部

尾張名所図会 東寺町原本一部

徳川家康は名古屋城下を防備するため 西、南、東に寺町を建設した。その 一つ東寺町は駿河町を起点とする飯田街道(駿河街道)に交差する禅寺町筋と 法華寺町筋に沿って寺院群が構成されていた。北は現在の桜通、南は瓦 町あたりまでにまたがり、大きな門前町 を形成していた。駿河街道は八事を経由し途中分岐して 中山道や家康のルーツ岡崎に通じる街 道として重要視された。尾張名所図 会は平行して伸びる禅寺町筋と法華寺 町筋に並ぶ中小の寺院群を西から俯瞰 して描いているす。昭和初期までは江戸時代のたたずまい を残していたが、戦後名古屋の都市 化とともに寺院の移転や敷地の大幅な 減少が起こり、現在ではビルの谷間に 寺院が埋まって点在している

尾張名所図会 3枚綴り

その1

その1

その2

その1

その3

その3

江戸後期の名古屋城下

江戸後期の名古屋城下図を拡大

江戸後期の名古屋城下図を拡大

尾府全図の一部 尾張名所図会は、矢印の方向から描かれています。

尾府全図の一部 尾張名所図会は、矢印の方向から描かれています。

地図


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現在の東寺町

  • 禅寺町筋

    禅寺町筋

  • 東充寺山門

    東充寺山門

  • 東充寺本堂

    東充寺本堂

  • 安斎院

    安斎院

  • 寿林寺山門

    寿林寺山門

  • 含笑寺山門

    含笑寺山門

  • 含笑寺本堂

    含笑寺本堂

  • 西蓮寺山門

    西蓮寺山門

  • 西蓮寺本堂

    西蓮寺本堂

  • 駿河街道起点

    駿河街道起点

  • 駿河街道(上下)・禅寺町筋(左右)交差

    駿河街道(上下)・禅寺町筋(左右)交差

  • 善昌寺本堂

    善昌寺本堂

  • 曹流寺

    曹流寺

  • 法華寺町筋照遠寺前

    法華寺町筋照遠寺前

  • 大法寺山門

    大法寺山門

  • 大法寺本堂

    大法寺本堂

  • 布池(御下屋敷)方向

    布池(御下屋敷)方向

  • 法輪寺山門

    法輪寺山門

  • 法輪寺本堂

    法輪寺本堂

  • 浄蓮寺山門

    浄蓮寺山門

  • 浄蓮寺本堂

    浄蓮寺本堂

  • 本要寺山門

    本要寺山門

  • 照遠寺山門

    照遠寺山門

  • 照遠寺本堂

    照遠寺本堂

  • 真柳寺山門

    真柳寺山門

  • 本住寺

    本住寺

  • 法華寺本堂

    法華寺本堂

  • 宗圓寺

    宗圓寺

最終更新:2012年4月19日 14時58分

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